第1章では、スターバックスのブランディングとマーケティングに関するルールを紹介している。意外なようだが、スターバックスはブランドをつくろうとしたことはない。ただお客様に美味しいコーヒーの楽しみ方を伝えること、そしてくつろげる空間をつくることに情熱を注いだ。スターバックスが設立された1970年代は、コーヒーは単に習慣的に消費する日用品としか思われていなかったからだ。
スターバックスでは従業員(同社では「パートナー」と呼ばれる)は、コーヒーのエキスパートとされ、扱うコーヒーについて熟知し、完璧なコーヒーをいれるスキルを習得している。そして店舗づくりも、清潔で落ち着いた、温かい雰囲気を心がけている。すべては来店した人々に美味しいコーヒーを楽しみながらくつろぐという体験、すなわち「スターバックス体験(エクスペリエンス)」を提供するためだ。
商品や顧客サービスの向上にコストをかけず、大々的な広告キャンペーンを展開してブランドを確立しようとする企業は多い。しかし、スターバックスはビジネスそのものに忠実に向き合って取り組み、その結果、スターバックスという強力なブランドが生まれたのだ。
スターバックスにとって、テレビCMよりも重要なマーケティングが3つある。①店舗での体験、②お客様とのかかわり、③地域とのかかわり、である。ロゴ入りのカップで出されるコーヒー、バリスタとの交流、快適なイス、店内に流れる音楽、さらにはラテのミルクにかかるキャラメルのトッピングの形状と、細部にまで気を配ることはなによりも高い宣伝効果がある。お客様によりよい体験をしてもらうことにコストをかけることが、最も効果的なマーケティングなのだ。
過去にCMを使ったこともあったが、効果はなかなか実感できなかった。それよりも店頭でのテイスティングサービスは、バリスタがお客様の反応からその効果を判断できる。テイスティングを通してお客様との交流を深め、お客様に直に体験してもらうことで売上を伸ばしていった。また、地域のチャリティ活動やイベントにも参加し、口コミによる宣伝も大切にしている。
米国大手スーパーマーケットチェーン「ウォルマート」に代表されるように、低価格戦略で消費者にアピールする企業もある。一方でスターバックスは、価格を下げたことがない。同社が販売するドリンクには90%以上の利幅があるため、商品や顧客サービスの質の向上に注力することができる。低価格戦略を打ち出す企業は、コスト削減が客への唯一のアピールのためそれに従事するしかないが、スターバックスは完璧な一杯を提供することで、お客様にその価格に見合うだけの価値を認めてもらおうと努力している。
スターバックスも90年代に「お客様感謝デー」と称して、商品の価格を一律に下げたことがあった。しかし、記録的な売上を達成した一方で、供給網が大混乱したうえ、セール以降の通常販売が機能せず、実際には損失を被る結果となった。なによりも完璧な一杯のコーヒーを作ることができず、お客様への気配りが疎かになったため、セール販売は数年でやめたのだという。
マーケティングプランを決める際、スターバックスはその活動がプラスの効果(ブランド資産)とマイナスの効果(ブランド負債)のどちらを生み出すかを判断する。その判別基準となるのが、①お客様のインテリジェンス(知的好奇心や判断力)を尊重しているか、②お客様に約束した内容を果たすことができるか、③従業員が楽しんで積極的にできるものか、④気が利いていて、オリジナリティがあり、心から信頼できるものだとお客様が受け取ってくれるか、という4点だ。
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