男と女の間には、深いミゾがある。なぜ女性たちは、男性の思いもかけないところで機嫌を損ねるのか。さしたる法則性もないように見える。しかし、女の機嫌の損ねようには類型がある。本書の狙いは、人工知能や脳科学の観点から、男女の脳の違いと女の機嫌の直し方を学んで、対処できるようになることだ。
ヒトの脳の機能を精査していくと、男女の性差は歴然と存在することがわかっている。著者はかつて、人とロボットの対話の設計に関わっていた。感性の領域に踏み込む人工知能エンジニアとして、男女の対話を徹底的にシミュレーションしてきた。そこで発見したことの1つが、男女の対話スタイルの違いである。女性は、ことの発端から時系列に沿ってプロセスを語りたがる。一方、男性は、最初に話のゴールを知りたがる。これらが相容れないのも当然だ。
さらには、画像認識のシステムをつくるにあたり、男女の視点の運び方の違いにも気づいた。男性は遠くと近くを交互に見て、ものの輪郭と距離感をつかむ。これに対し、女性は、比較的近くにあるものの表面をなめるように見て、微細な変化も見逃さない。このため、デートをする際、女性は男性が注意力散漫に見えてしまう。自分に集中してくれておらず、愛が足りないと勘違いしてしまうのだ。これが人工知能の研究室で著者が知った、悲しい男女のミゾであった。
では、先述したように、女性脳がプロセスを語ることを重視するのはなぜなのか。じつは女性は、ことの経緯を語るうちに、そこに潜む真実を探っている。そして、人間関係のひずみや自分の失言などに気づいていく。女性の対話は「プロセス指向共感型」なのだ。
重要なのは「思う存分経緯を思い出すこと」である。五感をフル回転して認識した状況をリアルに再体験し、経緯をこと細かに話すなかで、答えが見えてくるのだ。そのため、話の腰を折られると、真実を探る演算が中断されてしまう。逆に共感によって上手に話を聞いてもらうと、演算の質が上がる。これが女性脳には共感が必要といわれる所以だ。
これに対し、男性の対話は「ゴール指向問題解決型」である。男性は、全体の主幹をシンプルにとらえようとする。長らく狩りを担ってきた性であるためだ。全体を俯瞰して、ものの位置関係と距離感を正確に把握しようとし、公平性を重視する。
よって、女性の、着地点のわからない話に寄り添うことは、男性にはかなり難しい。つい、「何がいいたいんだ?」「結論は?」と話を遮ってしまう。
たとえば、妻が「なんだか、腰が痛くて」といったとしよう。男性がいきなり「医者に行ったのか」と返したら、対話は破綻する。正解は、相手の言葉を反復して共感で返すことだ。「腰が痛いのか。それはつらいね」。これだけで女性の脳のストレス信号が減少し、不調が軽減することもある。
このように、対話には、女性が好むプロセス指向共感型と、男性が好むゴール指向問題解決型の2種類があることに留意したい。
男性なら、こんな疑問をもつかもしれない。女性はなぜ、「転びそうになって転ばなかった話」をし、共感を求めるのか。じつは、男性脳からすると情報量ゼロの話が、女性脳にとっては情報価値の宝庫なのだ。
「怖い」「つらい」といったストレスを伴う感情が起こるとき、女性脳は、ストレス信号が男性脳の何十倍も強く働き、何百倍も長く残る。ただし、共感してもらうと、この余剰な信号が沈静化していく。安心感を得て、自分の感情を客観視できるためだ。
この余剰な信号は、危険な事態を記憶して、二度と同じ状況に自分を追い込まないための防衛手段である。哺乳類のメスにとって、自分や自分の子どもを守るためには、「自己保全」が第一の条件となる。そのため、脳が強く反応した体験を思い返すことで、今後に活かせる知恵やセンスを創出していくのである。
したがって、女性の部下をもつ男性上司は、女性のこうした感情の吐露には、共感する必要がある。余剰な感情が長引かない男性脳には、共感は難しいかもしれない。しかし、共感が女性の仕事への集中力やモチベーションを高めることにつながっていく。
脳の性差は生まれたときから存在する。それは、右脳と左脳を連携させる神経線維の束(脳梁)が、女性脳のほうが太いことに起因する。しかも、女性脳のほうが連携の頻度と密度が高い。右脳は「感じる領域」、左脳は「顕在意識と直結して言葉を紡ぐ領域」である。このため、右脳と左脳の連携がよい女性脳は、感じたことが、次々に言葉になって意識に上がってくる。これが、女たちが察する天才であり、臨機応変に行動できる理由だ。
もちろん、男性にも女性にも、その性に生まれたからといってできないことは何一つない。職能のような恣意的な領域で、「女性だから」という理由で劣っていることなど、何もない。
ただし、脳には性差がないと考えると、男女は互いに同じ入力に対し、同じ出力を期待して、すれ違いに悶々としてしまう。脳には明らかに性差があると認めたほうが、日々の暮らしはずっと楽になる。
女性脳は共感でまわっている。女性たちが口にする「カワイイ~」は、「可愛い」という評価を伝える言葉ではない。「私、心が動きました、あなたも動いた?」というほどの意味である。
女性脳では、一部の体験記憶が、その体験時の「心の動き」とセットでしまわれており、「心の動き」を検索キーとして、検索エンジンにひも付けされていく。そのため、予想外のことが起きたとき、「心の動き」をトリガーにして、過去の関連記憶を芋づる式に引き出せる。よって、女性はとっさに行動するのが得意なのだ。
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