あるオンライン掲示板に、「ダーク・エンライトメント(暗黒啓蒙)」というコミュニティが存在する。このコミュニティは「平等主義という進歩的な宗教から生じた近代世界の醜悪な状況について議論するための場所」だ。メンバーが共有するのは、「現代の世俗的な進歩主義はピューリタン的カルヴァン主義の末裔であり、政治家、ジャーナリズム、教育機関などを通じて社会に影響力を行使している」とする思想である。彼らにとって、「社会正義」や「平等主義」は進歩主義という名の宗教が生み出した欺瞞(ぎまん)にすぎない。だから彼らは、民主主義という名の大衆迎合的なシステムおよびイデオロギーを否定する。そして企業的な競争理念によって運営された小都市国家の乱立する政治システムこそが最善だと主張するのだ。
このような思想は「新反動主義」と呼ばれている。代表的な支持者としては、ドナルド・トランプ大統領の元側近スティーブ・バノンなどが挙げられ、オルタナ右翼と呼ばれる思想にも少なからず影響を与えている。
本書ではこうした思想の形成に寄与したと思われるピーター・ティール、カーティス・ヤーヴィン、ニック・ランドの3人にフォーカスを当てることで、新反動主義のエッセンスを取り出す。
世界最大のオンライン決済サービス・ペイパルの共同創業者ピーター・ティールは、いくつもの顔を併せ持っている。彼は投資家であり、ドナルド・トランプの熱烈な支持者であり、新反動主義に霊感を与えた異端的リバタリアンでもある。
ティールが電子決済サービスに目をつけた背景には、彼が生涯の愛読書として挙げている『主権ある個人』の存在がある。同書の主張を一言で要約すれば、「国民国家は時代遅れなのでやがて崩壊するだろう」ということだ。サイバースペースの拡大や暗号化技術と電子マネーの登場によって、中央銀行は通貨発行益を失い、政府は課税できなくなる。すると政府のシステムが機能しなくなり、民主主義の崩壊と福祉制度の解体が起き、富の不平等が加速する。そして暴力とテロが都市を覆うポスト・アポカリプス的な状況が生まれる。そのとき現れるのが、国家の制約から解き放たれても、富と権力によってサヴァイブできる、ニーチェの「超人」の起業家版としての「主権ある個人」というわけだ。
ティールを一般的なリバタリアンから隔てるのは「競争」の忌避である。彼は学部生時代、フランスの哲学者ルネ・ジラールから教えを受けていた。ジラールの思想に忠実なティールは、競争と暴力が支配するフィールドには可能性が残されていないと考えている。だから未知の領域を開拓し、新天地を支配して「独占」することを重視する。
『主権ある個人』で予言された暗号通貨は、ブロックチェーンと暗号通貨の技術を発明した正体不明の人物、サトシ・ナカモトの貢献によって現実化された。ティールもまた、ペイパルによって『主権ある個人』に描かれたビジョンの実現を目指し、主権ある個人と自身を重ね合わせていたのではないだろうか。
ティールにとって一貫して重要な概念が「脱出」、すなわち「イグジット」だ。彼の目的は、国家や政治、競争からの「イグジット」によって、新世界の空白地帯に王国を築き上げることにあった。
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