スタッフォードシャーのルージリーという小さな町に、潜入先であるアマゾンの配送センターはあった。夕方6時15分になると、その巨大な倉庫に30分間の“ランチ”休憩の開始を知らせるベルが鳴り響く。倉庫から出るには、列に並んで空港さながらのセキュリティ・ゲートを通り、ボディ・チェックを受けなければならない。“こそ泥”していないかの確認のためだ。
10分から15分かけてようやくゲートを抜けた従業員たちは、一目散に食堂へと流れ込む。我先にと相手を押し退け、トレーをつかみ、叫び声をあげながら列をなす。競争に打ち勝ち、前方に並ぶことができたたった20人ほどが、熱々の人気メニューにありつける。そこに結束や同胞意識などは影も形もない。苦労して食事を手にできた時点で、ランチ時間は残り15分。どんなに急いだとしても、食事をすべて終えることはできなかった。
総勢1200人ほどいる従業員のうち、大半は東ヨーロッパ出身者だった。そのほとんどがルーマニア人だ。彼らはイギリス人である著者がこんな場所で働いていることをいぶかしく思い、よく声をかけてきた。「なぜイギリス人がこんな卑しい仕事をしているのか」と。これが世界最大の小売業者アマゾンでの日々だった。
アマゾンの倉庫での仕事は、4つのグループに分かれていた。商品を受け取り開封するグループ、商品を棚に補充するグループ、商品を箱に詰めて発送するグループ、そして著者が担当したピッカーのグループである。細長い通路を行き来し、2メートルの高さの棚から商品を取り出して「トート(tote)」と呼ばれるプラスティックの箱に入れるのが、著者たちの仕事だった。
ピッカーの仕事にはいわゆるマネージャーはいない。その代わりにハンドヘルド端末の携帯が義務づけられ、犯罪者のようにすべての動きを追跡された。棚から商品を取り出してトートに入れるスピードが落ちると、「ペースが落ちています。スピードアップしてください」と端末に指示が送られてくる。
われわれ人間がデバイスに24時間つながれ管理される――そんな未来を予感させるアルゴリズム管理システムが、ここにはあった。それはフレデリック・テイラーが提唱した「科学的管理法」を彷彿とさせるものだ。労働者階級の人々は、人間として扱われるのではなく、企業が利益を生み出すためのリソースとして扱われる。しかしそのことはアマゾン語によって、巧妙に隠されていた。ひとつの幸せな大家族と錯覚させられる「アソシエイト」という言葉によって。
アマゾンでの求人活動は、ふたつの派遣会社を通して行われていた。そのうちのひとつであるトランスライン・グループから、著者はアマゾンに派遣された。そこでの契約は短期のゼロ時間契約だった。ゼロ時間契約とは、週当たりの労働時間が決まっていない雇用契約のことで、近年イギリスで大きな社会問題になっている。何度か雇用契約書がほしいと掛け合ってみたが、最終的に「ゼロ時間契約の雇用契約書は存在しない」ことになった。面接日にサインしたはずの書類はかき消えてしまったようだ。
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