現在の先進諸国は、天文学的とも言うべき量的緩和や、ゼロあるいはマイナス金利といった金融政策が有効に機能せず、いまだに力強い回復を取り戻せていない。なぜ伝統的な金融政策は先進諸国で機能しないのだろうか。
マクロ経済学は、「民間部門はたえず利益の最大化を追求する」ということを前提としてきた。しかし、現実の経済には、少なくとももう一つの局面がある。それは、民間部門がいくつかの状況下において「債務の最小化を最優先する」局面である。
たとえば、バブル崩壊後の日本経済が長期停滞に陥ったのは、後者のように民間部門が「債務の最小化を最優先する」局面であったためと考えられる。たとえ、金利がゼロやマイナスになったとしても、民間部門はバランスシートの修復を優先するため借金をすることはない。よって、伝統的な金融政策が有効に機能しないという事態が起こる。著者はこの現象を「バランスシート不況」と名付け、これまでの著書でも考察してきた。
日本に続き、欧米の経済においても、2000年代に大規模な住宅バブルが弾けて、バランスシート不況に陥った。ほとんどすべての欧米先進国では、歴史的な低金利にもかかわらず民間部門は貯蓄を増やしたり、借金を返済したりしている。そうして、世界経済は大不況へ導かれていった。
「債務の最小化を優先する」局面が現れることには、少なくとも二つの原因がある。一つは、ここまで述べたような、経営ミスやバブルの崩壊によって損なわれたバランスシートを修復すべく、借り手が借り入れをできないからである。そしてもう一つは、借り手が国内で魅力的な投資機会を見つけられなくなったからである。多くの先進国は、現在この二つの困難を同時に抱えている。
後者の投資機会不足は、経済発展の段階によって異なる背景を持つ。そのため、それぞれに必要な経済政策も変わってくる。
経済発展の段階は、経済の工業化プロセスという視点で3つに整理するとわかりやすい。経済学でいう「ルイスの転換点(LTP)」、つまり、農村部の余剰労働者がすべて都市部の工場に吸収されたという時点を区切りにする。
最初の段階は、LTP到達前の、工業化が発展する段階である。資本家は、安価な労働力を無尽蔵に獲得し、国内での資本を蓄積させ都市化が加速する。労働者は、低賃金、長時間労働を強いられる。
次の段階は、経済がLTPに到達した成熟経済である。この段階では、労働者は雇い主に対する交渉力を得て、労働ストライキなどを通じて賃金など労働環境の改善を要求する。上昇した労働者の賃金は、購買力の急激な拡大につながり、企業にとっては大きな投資機会になるため、経済成長の「黄金時代」を迎える。
三番目の段階が、
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