敗戦後の経済復興の立役者である吉田茂、日本資本主義の父と称される渋沢栄一。彼らの人間力は、彼らが愛した落語によって培われたと言える。
落語の起源は江戸時代初期に作られた『醒睡笑(せいすいしょう)』であると言われている。そこに収められているものはすべてオチのついた笑い話で、いくつかは現在でも演じられている古典落語のもとになっている。
『醒睡笑』は、仏教を庶民にわかりやすく伝えるために作られた。それをベースとした落語は、現代にも通ずる普遍的なテーマを取り扱っているからこそ、伝統芸能でありながらいまでも人気を誇っているのだ。
多くの落語家たちが演じる「古典落語」の噺(はなし)の数は、300ほどだと言われている。現在、落語家の人数は1000人を超えているので、300という数は非常に少なく見える。たとえば歌謡曲の世界では、多くの歌手は自分のオリジナル曲で勝負するはずだ。しかし、幾人もの歌手にカバーされた名曲も存在する。300本の古典落語は、そうした名曲と同様、どれもが時代を超えて受け入れられる力を持っているのだ。古典落語を演じる落語家は、すでに完成した「型」となっている「噺」を自己流にアレンジして現代に再現する職人なのである。
また落語には、「上方落語」と「江戸落語」の2種類がある。この2つの最大の違いは発祥した場所で、上方落語は大阪や京都で生まれた落語を指し、江戸落語は、文字通り江戸でできた落語を指す。順序でいうと、まず上方落語が元禄時代に起こり、それが江戸に伝わって江戸落語が爆発的に流行したという流れになる。上方落語は、もともと野外で上演されていたため、三味線や太鼓などが入ってにぎやかという特徴もある。
落語の噺は導入部分の「枕」、噺の中身である「本題」、噺の最後を締めくくる「オチ」で構成されている。枕では、落語家自身の近況を面白おかしく話す、江戸時代の背景知識を語る、オチの伏線を張るなどして、本題にうまくつながるようなトークを展開する。枕を聞けば落語家の腕前がわかるとも言われており、たとえば十代目柳家小三治は「枕の小三治」と異名をとるほど枕の面白さに定評がある。
そしてオチには、締めくくりのセリフや洒落がくる。そもそも「オチ」という言葉自体、「落語」の別名である「落し噺(おとしばなし)」という単語から生まれたものであり、オチがなければ落語は成立しない。意味がわかるとじわじわ笑える「考えオチ」、下克上が起きて目上の人間がやり込められる「逆さオチ」など、いくつか種類がある。
また、落語の登場人物はおおむね決まっている。まず、よく知られているのが威勢のいい江戸っ子コンビである「熊さん(熊五郎)」と「八っつぁん(八五郎)」や、天然ボケで愛嬌のある青年「与太郎」、田舎者の代表である「権助」などだ。与太郎は、噺の途中で人間の本質をついた台詞をよく口にする、哲学的人物としても人気がある。金持ちの道楽息子である「若旦那」とそれにまとわりつく「太鼓持ちの一八」のように、コンビの性格の違いや対立によってドラマが自然に生まれるように工夫された組み合わせもある。落語はユニークな性格の登場人物たちによって噺が進んでいくのだ。
落語家が師匠に弟子入りし、一人前の落語家と呼ばれるまでに通常はおよそ15年もの歳月が必要である。
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