経営学というと、読者はどのようなテーマを考えるだろうか。「戦略」「人事」「アントレプレナーシップ」「ガバナンス」「イノベーション」などが思い浮かぶかもしれない。しかし、これらはビジネスのイシュー(課題・テーマ)であって理論ではない。著者は、これらをビジネスの「現象」と総称して、「理論」と混同しないように注意を促している。
ではなぜこのような混同が起きるのか。それはMBAなどの経営学の初歩のカリキュラムが、ビジネスパーソンのニーズに合わせて現象で切り取ったもの、つまり現象ドリブンになっているからだ。いうまでもなく、ビジネスパーソンの関心は現実の課題となっている現象にある。
現象は細分化すれば数に限りなく、また新しいイシューも次々と現れてくる。それに対して、世界の主要経営理論は、本書にまとめられた30程度だ。したがって、現象からではなく理論から学んだほうが圧倒的に効率がよいのである。
そもそも経営理論とは何だろうか。それは「人・組織が、何をどう考え、どう意思決定し、どう行動するか」を突き詰めたものである。理論がめざすのは、「経営・ビジネスのhow、when、why」に応えることだ。
howとは、「X→Y」のような因果関係を指す。「Xが高まれば、Yも高まる」といった関係を示す命題である。
whenは、「その理論が通用する範囲」を意味する。ある理論は大手企業に当てはまっても、スタートアップのことは説明できないかもしれない。このように、理論が持つ仮定・条件から、その適用範囲を明確にすることである。
そして何より重要なのがwhyに応えることである。「X→Y」のような因果関係を示しても、「なぜそうなのか」が説明されなければ、それは理論ではない。
理論というものは「実証分析」に堪えなければならない。すなわち「なるべく多くの企業、経営者、従業員、組織などに、普遍的に当てはまる、ビジネスの真理法則(how、when、why)」の構築をめざす必要がある。本書に収められた理論は、そうした検証をくぐり抜けた「世界標準の経営理論」なのである。
経営理論は「人と組織」を対象とする。そのため経営学では、人の思考や行動をどう認識するかについて、他分野の学問の知見を応用している。それが経済学、心理学、社会学という3つのディシプリン(学問分野)である。
まず経済学は、「人で構成される企業は、それなりに合理的に意思決定をするはずだ」という見方に立つ。ここでの合理的とは、「各人は、自分にとって可能な行動の中で最も好ましい行動を取る」ことを指す。
次に心理学、とりわけ経営理論に関わりの深い認知心理学は、「限定された合理性」という前提に立っている。人は必ずしも合理的に意思決定できるとは限らない。さらにいうと、その認知力・情報処理力には限界があるというのだ。本書では、心理学ディシプリンをマクロ心理学ディシプリンとミクロ心理学ディシプリンに分けている。前者は、経営学におけるマクロを意味する組織単位のメカニズムを説明する。これに対し後者は、リーダーシップやモチベーション、感情など、より個人単位の行動・意思決定に迫る理論である。
つづいて社会学からは、「人は他者とのつながりのネットワークに埋め込まれており、その範囲内でビジネスを行い、したがってその関係性に影響を受ける」という視点を導入している。
では、なぜビジネスパーソンは経営理論を学ぶべきなのか。それは、正解が明確ではない状況下で、意思決定をしなければならないからだ。そのために求められるのは、思考の「拠り所(=軸)」に基づいて考え続けることである。軸は、本人の経験則でもいいかもしれない。あるいは、尊敬している上司や名経営者の言動でもよいだろう。
ここで非常に有用なのが、経営理論である。もちろん、軸は正解を教えてくれない。だが、軸があるからこそ、人はそれをもとに思考を飛躍させられる。本書に収められた経営理論は、世界の激しいビジネス環境の変化を通じて生き残ったものばかりで、普遍性が高い。これからビジネスの現象は目まぐるしく変化し、また多様化していくだろう。そうした「現象」に対して、「理論」がもつ普遍性は、確かな思考の軸となることを保証してくれる。これが経営理論を学ぶ意義といえる。
まず紹介するのが、マクロ心理学ディシプリンの経営理論に分類される「組織の知識創造理論」だ。この理論は、組織において新たな知はいかに生まれるのか、すなわち「知の創造」プロセスについて説明する、世界唯一の理論だ。その背景には、「情報」(information)と「知識」(knowledge)は異なるという洞察がある。
人の知識は「暗黙知」と「形式知」に分類される。そして、情報は形式知の1つに過ぎないが、人はこの2つの知を使って全人格的に仕事をしている。よく知られているのが「氷山モデル」である。形式知が海面に出ている部分だとすると、海面下にはさらに大きい暗黙知という塊があるというわけだ。暗黙知は、AIには決して置き換えられない人間だけの身体的な知であり、これからますます脚光を浴びることが予想される。
では知の創造の動的プロセスについて順に見ていこう。組織で知識が創造される際、まず暗黙知の共有がある。これを「共同化」(socialization)という。経営者や先輩の行動を見ること、一対一での腹を割った対話をすることなどを通じて、信条、信念、思考法、直感などに対し、相互の共感が生まれる。[暗黙知→暗黙知]
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