赤のセーターとブルージーンズ、顎鬚を生やした髪の薄い男性が、土曜日の午前11時7分に百貨店に入り、まっすぐ1階の財布売場へ向い、12個すべてを手に取り、そのうち4個の値札をたしかめ、1つを選んで、11時16分にネクタイの棚に移り、7本全部のタグを見て……11時23分にレジの行列の3番目に並び、順番がくるまで2分51秒待ち、クレジットカードで支払いをして、11時30分に店を出た――。
「追跡者(トラッカー)」と呼ばれる買い物客のリサーチャーの仕事は、買い物客をこっそり尾行し、その行動を逐一記録することだ。店の入り口をぶらついて客を待ち、店内をどこまでも追いかけ、「トラックシート」と呼ばれる記録用紙に客のあらゆる行動を記録する。トラッカーは1日に約50人の買い物客を調査することができ、通常、1つの現場には複数のトラッカーが配置される。こうして集まった膨大な情報は、数日かけてデータベース化される。
筆者が創業し、CEOを務めるエンバイロセル社は、ショッピングの科学を導き出すべく、買い物客と商店のかかわりをリサーチする。あらゆる小売業、銀行、ファストフード店、駅、空港、図書館、ホテルなど調査対象は幅広い。アメリカでは、『フォーチュン』誌の上位100社のうち約3分の1が同社のクライアントだ。調査目的に応じて店にはビデオカメラも設置し、10台ほどのカメラを1日8時間、特定のエリア(出入口、陳列棚など)に向けて回す。調査項目は900にも及ぶ。
これまでのリサーチの結果、店のなかでの人の行動について、多くのことがわかった。いくつか例を挙げよう。
・試着室に持って入ったジーンズを実際に買う割合 男…65%、女…25%
・コンピュータを眺めている客が実際に買う割合 土曜日の午前中…4%、午後5時以降…21%
・ショッピングモールの家庭用品店で客が買い物カゴを使う割合…8%、カゴを使う客が実際に品物を買う割合…75%、カゴを使わない客が品物を買う割合…34%
最後の項目については、店にカゴを使う客の数を増やす方法を提案する。ショッピングの科学とは、調査、比較、分析を通して、店を客により適合させるための実践的な学問だ。
ショッピングが成熟した先進諸国では、需要が膨大な新興国と違い、既存店のスペースや場所を変えずにいかにビジネスを拡大するかが大きな焦点となる。テレビ、ラジオ、雑誌、ウェブサイトが際限なく広告を発信しているため、消費者の心をつかむのも難しい。また、次々に新商品が生まれるなか、ブランドの影響力は薄れてきている。つまり、消費者にとって物を買うときの決断が、店の外の状況よりも店内での印象や情報に左右されるようになっているのだ。
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