近年、シアトルとその周辺都市に、多くのスタートアップが出現するエコシステムが形成され、世界中から注目を浴びている。その中心は、グーグルやアマゾン、マイクロソフト、フェイスブックといったテックジャイアントだ。これまでは、「ITといえばシリコンバレー」であった。だが、これからAI分野でビジネスを行う日本企業は、シアトルに注目すべきだ。その理由は次の5つである。
1つめは、AIエンジニアを育てるエコシステムがあることだ。人材の供給源は州立ワシントン大学だ。ワシントン大学はAIやマシンラーニングに強みをもつコンピュータサイエンスの学科を擁しており、他分野でもAI利用が活発である。また、マイクロソフトやボーイング社といった大企業が、資金面・教育面で同大学を強力にバックアップしている。優秀なエンジニアを安定して多く輩出する仕組みが整っているのだ。
2つめは、ビジネス分野に強いスタートアップが多いことだ。BtoBの分野をカバーする企業が多いため、インテグレーターなどと連携すれば、日本企業が現地のAIスタートアップを活用することもできる。
3つめは、日本を受け入れる土壌があることだ。シアトルでは、日本の大手企業とシアトルのスタートアップをマッチングするイベントが、過去に14回開催された。もともとシアトルはボーイングなどの航空産業で栄えた街として有名だ。そのため、取引先である日本メーカーに勤める日本人も多い。例えば、任天堂の米国本社もシアトル郊外にあり、1000人以上の従業員を抱えている。こうしたこともあり、ワシントン州政府は日本に対して好意的だ。
4つめは、シアトルの街がシリコンバレーに比べてコンパクトであり、移動がしやすいこと。より短期間でエリアの全体像を理解できるだろう。
そして5つめは、物価がシリコンバレーより全体的に安いということだ。
アメリカでは州によって法律や税制がさまざまであり、地理条件も影響して、異なる産業クラスターができあがっていく。シアトルの場合、AIビジネスを取り巻く環境について他都市と比べた際、次の2つの優位性がある。
1つは、エンジニアやデータサイエンティストの層が厚く、企業が受ける恩恵が大きいことだ。コンサルティング大手のアクセンチュアは、2015年に人材確保の面から拠点をシアトルへ移転。データ分析・活用に関わる人材の採用を、ニューヨークとシアトルのみに絞った。州をあげて多数の優秀な技術者を育成しているシアトルでは、これにより理想的な人材が確保しやすくなった。
もう1つは、シアトルはAIだけでなくクラウドサービスの開発拠点でもあるということだ。アマゾンのAWS、マイクロソフトのAzureの世界2大クラウドサービスの開発拠点が存在している。サービスで協業したいと思えばすぐに担当者や責任者と話せるのは、大きなメリットだ。
ワシントン州には、法人税も所得税もゼロという制度面での優位性がある。よって同州には、高所得エンジニアやストックオプションを得たスタートアップ企業の経営者が多く集まっている。
ただし法人税がゼロの代わりに、高い売上税が課される。さらには、企業の最終顧客の拠点がワシントン州の外である場合は、それぞれの州の法人税を払う必要がある。そのため、州外の最終顧客と多く取引を行うならば、法人税がないというメリットがそれほど活かされない場合もあることに留意したい。
シアトルはアメリカの陸海空の交通や物流の要所だ。その交通が今後さらに便利になるかもしれない。シアトルとカナダのバンクーバー、そしてシアトルの南に位置するポートランド。これら3都市を交通機関で結ぶ計画が持ち上がっている。この「AIシルクロード」と呼ばれる計画を強力に支援しているのが、マイクロソフトだ。
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