著者に初めて「彼女」ができたのは高校3年生のときだった。入学当初から何をするにも一緒だった同級生の女の子の家に泊まりに行ったとき、キスをされた。そのときに、自分の彼女への気持ちは恋だったのだと自覚した。彼女が他の女の子と話していると嫌な気持ちになったのも、抱きしめられたら固まってしまったのも、そのためだったのだ。
その後、生まれ育った茨城を離れたいという気持ちから、著者は京都大学への進学を決断する。そこではレズビアンをカミングアウトし、性的マイノリティの友人もできた。新生活に舞い上がっていたこともあり、遠距離恋愛をしていた彼女とは別れてしまう。
スカートをはくことを苦痛に感じていた著者は、早く就活用のスーツを脱ぎたかった。30社ほど面接を受けてサッポロビールへの就職を決める。総合職になったことから女性用の制服の着用を免除され、安堵した。
サッポロビールはみんなお酒が好きで、面倒見がよく、楽しい職場だった。しかし、飲み会の場で「彼氏はいるの?」「どんなタイプの人が好きなの?」といった質問を受けることが次第に苦痛になっていく。飲み会の参加を断るようになると、徐々に周囲から孤立して居心地が悪くなるのを感じていった。入社3年目に副主任の役職に就いたころ、「あなたはチームに心を開いていないのではないか」という指摘をされ、激しく動揺した。自分だって本当は心を開きたい。でも、本当に心を開いたら——。この出来事に大きく揺さぶられた結果、著者は3年でサッポロビールを辞めることになる。大好きな職場に、フィットしない自分が悲しかった。
その後、家具販売大手の島忠を経て、コンサルティング会社で働いていたころ、大阪府議会議員をしていたKさんと出会い、付き合うようになる。このときはまだ、人生の大きな「谷」が訪れるとは予想もしていなかった。
Kさんは日本で初めてレズビアンを公言して出馬する、国会議員になりたいと考えていた。著者はコンサルティング会社を辞め、Kさんの事務所の仕事を本格的に手伝うようになる。
Kさんを国会に送り出すプロジェクトは激務だった。議員の本業をサポートするだけでなく、LGBTコミュニティの活動の一環として映画祭などの大がかりなイベントをこなした。プロジェクトマネージャーを経験したことがある著者であっても、きつい仕事だった。
そんなある日、著者は突然起き上がれなくなってしまった。自分でも気づかないうちに無理を重ね、うつ病を発症してしまったのだ。薬を飲まないと寝られない状態に陥ってもなお、仕事は待ってはくれない。うつ病を患ったまま、国政選挙の手伝いを続けた。
結果は無情にも、落選だった。自分の役目は終わったと思った著者は、飛び降りるための場所を探して夜の街を歩き始めた。選挙ボランティアをしていたYちゃんが本気で心配して探しにきてくれなければ、この世にいなかったかもしれない。Yちゃんはそのまま著者を家に連れ帰り、面倒を見てくれた。
Yちゃんの支えで復調し、別のコンサルティング会社で働き出してからほどなくして、ゲイの友人が自死した。いつもニコニコしていて、チャーミングな人だった。地元での親の介護が大変で、うつが悪化し、生活保護を受けていたそうだ。友人たちと彼の部屋へ行き、「ゲイ」だとわかるようなものを運び出した。片付けに来るというお姉さんは、彼がゲイだと知らなかったからだ。「同性愛は死んでも隠さなければいけないのか」と著者の心は沈んだ。
その後会社に行くと、上司が「ホモネタ」で笑いをとろうとしていた。「こんなことを言う人たちがいるから、彼は死ななければならなかったのではないか」と、たまらず人事の相談窓口に電話をかけた。しかし、「自分のことを言われたわけでも触られたわけでもないのだから」と、何もしてもらえなかった。会社への忠誠心がなくなったのを感じた。
著者と同じように、うつを患っているレズビアンの友人たちと話しているうちに、性的マイノリティが抱える「しんどさ」の根源にはLGBTの問題があるのではないかと思うようになった。転職を繰り返すこと、うつになったこと、チームで働くのが苦手なこと。これらを著者は、全部自分のせいだと感じていた。しかし、海外の資料を読んでいると、自分と同じような状況のLGBTがたくさんいることに気がついた。周りを見渡せば、うつや友人の自死までもが「あるある」だった。これは当事者だけでなく、社会の側にも問題があるはずだ。
2012年秋、「虹色ダイバーシティ」がスタートする。性の多様性も含めたダイバーシティ&インクルージョンの実現を目指して、企業や自治体のLGBTQに関する施策の推進を支援する団体だ。
LGBTとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と異なる性別で生きたいと願う、または現に生きている方)の頭文字をとったものだ。ここに、クエスチョニング(性的指向や性自認が定まっていない、揺れ動いている、あえて決めないという方)、またはクィア(性的指向や性自認が非典型な方全般)を含めたLGBTQという表現があり、本書でも性的マイノリティの総称としてこれを採用している。
またLGBTQ以外にも、アセクシュアル(他者に対して恒常的に恋愛感情や性的欲求を抱くことがない無性愛者)、パンセクシュアル(あらゆる性別の人が恋愛対象になる人)など、さまざまなアイデンティティを示す言葉がある。これらのアイデンティティは基本的には生まれつきのもので、変えようとしたりなおしたりする必要があるものではない。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは性的指向について、トランスジェンダーは性自認についてのマイノリティである。LGBTQは、性的指向と性自認が混在している概念である。これを分離して考えるために、SOGIという言葉が生まれた。SOGIは、「性的指向」(Sexual Orientation)と「性自認」(Gender Identity)の頭文字をとっている。これにより、自分がどの性別かということと、どんな性別の人を好きになるかということを別々に考えることができるようになった。これはLGBTQに限らず、すべての人に関わる概念だ。
本書は、多くの人に「アライ(Ally)」になってもらうための本でもある。味方や同盟を意味するアライは、LGBTQの社会的課題に対して、共に自分ごととして考えてくれる人たちを指す。読者の多くは、出生時に割り当てられた性と性自認が一致し、異性を好きになる「多数派」に属していることだろう。そうした多数派の人の中で、LGBTQへの偏見がなく、ニュートラルに接することができる人たちは、「LGBTQフレンドリー」と呼ばれる。そこから一歩進んで、職場でのLGBTQ施策を推進するために動いたり、プライドパレードを一緒に歩いたり、同性婚などの法整備に賛同したりと、LGBTQが生きやすい社会になるよう、積極的に行動してくれる人たちもいる。このような人は「アライ」と呼ばれる。
世界では同性愛が犯罪扱いになる国がある一方、LGBTQの権利獲得が進んでいる国も増えている。2020年8月時点で、世界で同性婚が認められているのは29カ国、同性パートナー法が認められている国を合わせると62カ国(世界人口の20%)に上る。
日本は同性愛が違法ではないが、権利保障も特にされていない国の一つである。日本は、LGBTQの人たちにとって、差別がない、生きやすい社会であるとはいえない。たとえば、パートナーが急病になっても、法的に家族だと認められていないために病室に入れないばかりか、連絡すらもらえない可能性がある。男女の夫婦では認められている様々な福利厚生が、同性カップルには認められていない会社が多い。トランスジェンダーの人は望む性で雇用が受けられず、仕事も家も見つからずに街に放り出される場合すらある。
一方で、近年LGBTQの権利を守るための動きが、自治体レベルで広まりつつある。2015年に東京都渋谷区で「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」が成立したことは大きなニュースになった。これは、戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係を「パートナーシップ」と定める、全国初の条例である。その後、この動きは全国へ波及し、現在では50を超える自治体がパートナーシップ登録制度を導入している。
LGBTQの当事者たちは、生涯を通じて、様々な社会的課題に直面する。学齢期にいじめに遭い、孤立無援状態になって自殺を考えるLGBTQの子供も少なくない。なんとか生き延びて成人しても、大学や職場で差別的な言動にさらされ続け、メンタルヘルスを悪化させてしまう人が多数いる。就職、再就職上の困難は、LGBTQの貧困にもつながっている。たとえ仕事が順調で、パートナーを見つけることができたとしても、その人とは法律上では家族になれず、制度的な保障は受けられない。パートナーが急死したら、葬儀に立ち会えないばかりか、一緒に住んでいた家を追い出されたり、共有財産を親族に持っていかれたりするケースも散見される。
LGBTQ施策に取り組む職場が日本でも増えているが、LGBTQにとって働きやすい職場が実現されているとは言えない。虹色ダイバーシティが2014年から国際基督教大学ジェンダー研究センターと共同で行っている調査によると、多くのLGBTQ当事者たちが、職場で差別的言動が頻繁にあると感じている。また、厚生労働省のサイトではうつ病の生涯有病率が3〜7%であるとされているなか、LGBTQ当事者でうつ病を患っている人はシスジェンダーで10.7%、トランスジェンダーで20.2%であった。
差別的言動が頻繁にある職場は、たとえLGBTQの当事者でなくとも、働きやすい職場だとは言えないだろう。LGBTQだけに限らず、ダイバーシティを認め、すべての人が働きやすい環境を目指すべきだ。多くのLGBが望む「福利厚生での同性パートナーの配偶者扱い」の導入や、トランスジェンダーが望む「トランスジェンダー従業員への配慮」を行うこともその一環である。LGBTQの課題の解決は、LGBTQを特別に扱うためのものではなく、女性や障害者など、他のダイバーシティ課題の解決とともに、職場の公正さや公平さを高め、「みんなが働きやすい職場づくり」を実現するものなのだ。
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