これまで経験したことのないような大きな市場の変化に直面し、脅威を感じ取ったとき、組織はどのように反応するのだろうか。
学会では、2つの説が存在する。1つは脅威を知覚することをきっかけに戦略や組織の見直しが促されるという説。もう1つは脅威に駆り立てられて損失を怖がるあまり、集権化が進み、実験的な行動を抑制してしまうという説だ。
これに対してハーバード大学のギルバートは、「何についての慣性か」を整理することが重要であると説いた。慣性には2つの種類があり、1つは経営資源の配分の仕方にかかわる慣性。この慣性が強いと、手堅い事業への再投資が続けられ、将来性とリスクを併せ持つ事業への投資が進まない。もう1つは業務のオペレーションについての慣性で、これが強いと業務プロセスの変革を妨げてしまう。
ギルバートはデジタルメディアの台頭に直面したアメリカの新聞業界について調査研究し、どちらの慣性がどのように変化するのかを明らかにした。
調査の対象となったのは4つの親会社の傘下にある合計8つの新聞社だ。発行部数は20万部から50万部程度で、地方紙もあれば全国紙もあった。
アメリカでオンラインの新聞が既存の新聞の脅威として認識されるようになったのは、1997~98年頃と言われている。当時の新聞の主流は紙媒体で、読者も広告主もまだオンラインの新聞は求めていなかったが、調査した8つの新聞社のうち7社の経営者はオンラインを脅威として知覚していた。そのためこの時期には、オンライン事業への投資が進み、割り当てられる人員も大幅に増えている。
つまり、差し迫った脅威を知覚することで、経営者は資源配分パターンについての慣性を克服することができたのである。
一方、資源配分のあり方とは対照的に、業務のプロセスや収益獲得の仕方はなかなか変えることができなかった。
脅威を強く意識するあまり、本部のコミットが行き過ぎてしまい、調査の対象となった8社のうち6社の新聞社では、現場の事業部門から本社へと意思決定の権限が移されることとなった。オンライン事業については、本部は積極的な投資をする一方で、業務管理も徹底するようになったのだ。ある会社では、オンライン事業はこれまでとは違った収入源を試すつもりだったが、本部がそれを許さず、実験を妨げてしまったという。
ほぼすべての新聞のオンライン事業において、人員は増え、出費は増大したものの、結局生まれたのはこれまでの紙媒体の新聞の複製のようなサービスが作られ、8つのうち7つのオンライン新聞はサイトの85%以上が紙媒体の内容を流用したにすぎなかった。
こうした硬直性はビジネスモデルにも現れている。業界外からオンライン新聞に参入した企業は過去の記事の検索サービスやデータ分析サービスなど多様な収入源を確保しているが、既存の新聞社は収入源を販売収入と広告収入の2つにとどまった。
ギルバートの事例研究では、8つのうち7つの事例において脅威が知覚されており、そのうち6つにおいて資源配分への慣性は緩和されたのに、業務のプロセスへの慣性が強化されるという「ねじれ現象」が生じた。
「ねじれ現象」が起きなかった2つの事例のうち、1つはインターネット事業を脅威ではなく機会と捉えていた。
3,400冊以上の要約が楽しめる