ブラックスワンの経営学

通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ
未読
ブラックスワンの経営学
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通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ
未読
ブラックスワンの経営学
ジャンル
出版社
日経BP
出版日
2014年07月23日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

映画の「アカデミー賞」を知らない人はいないだろう。だが、「マネジメントのアカデミー賞」を知っている人は専門家を除いてほとんどいないのではないか。本書は、アカデミー・オブ・マネジメント(Academy of Management、通称AOM)という世界で最も権威のあるマネジメントの学会において、年間1000本を超える投稿論文のなかから選ばれ、最優秀論文賞に輝いた論文を紹介している。組織変革や新事業創造など、マネジメントに関わるさまざまなテーマに基づいた事例研究(ケーススタディ)が紹介されており、アワードを獲得するだけあってどれもビジネスパーソンなら誰でも楽しめる、興味深い内容のものばかりだ。

また、書かれた論文が素晴らしいのは、その内容が意義あるものだからというだけではなく、研究課程における思考力や観察力が優れているからでもある。そのため本書ではケーススタディを学ぶにあたって、どのような手順に沿ってその研究が行われたのか、という点にも注目が置かれている。

タイトルの「ブラックスワン」、すなわち黒い白鳥とは「ありえないこと」を示す言葉だ。こうしたブラックスワンに出くわしたとき、「ありえない」と切り捨てるのではなく、その背景に潜む原因を探る研究者たちの観察眼と熱意には学ぶべき点が多い。統計学では説明できない因果関係を示すために用いられる調査研究の手法は、普段の実務や日常生活においても応用可能であろう。

ライター画像
苅田明史

著者

井上 達彦
早稲田大学 商学学術院 教授。1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了(経営学博士)。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授、早稲田大学商学部助教授(大学院商学研究科夜間MBAコース兼務)などを経て、2008年より現職。2011年9月より独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、2012年4月から2014年3月までペンシルバニア大学ウォートンスクール・シニアフェローを兼務。2003年経営情報学会論文賞受賞。
専門分野は、競争戦略とビジネスシステム(ビジネスモデル)。主な著書に、『模倣の経営学』(日経BP社)、『情報技術と事業システムの進化』(白桃書房)、『事業システム戦略―事業の仕組みと競争優位』(共著、有斐閣)、『変貌する日本企業の戦略インフラ』(共編著、白桃書房)、『収益エンジンの論理―技術を収益化する仕組みづくり』(編著、白桃書房)、『キャリアで語る経営組織』(共著、有斐閣)がある。

本書の要点

  • 要点
    1
    統計学的研究では数字を重視するのに対し、事例研究ではコンテキスト(脈絡や状況)を重視する。事例研究は一般化しにくいが、観察対象の数が少なくてもよく、因果のメカニズムを見出しやすいという特徴がある。
  • 要点
    2
    事例研究では原因と結果のもっともらしさは実験の作法に基づく。ある条件を満たしている事例とそうでない事例を選び出して比較するなど、調査デザインを工夫することで、仮説の検証を試みることができる。
  • 要点
    3
    統計的分析ではある変数と別の変数がどのように共変するかは示すが、なぜ共変するかは示すことができない。因果のメカニズムを解明するためには、原因と結果が結びつく過程を追跡する必要がある。

要約

【必読ポイント!】 新聞社の意思決定に生じた「ねじれ現象」

脅威に直面したときの「慣性の法則」
ra2studio / Imasia???????

これまで経験したことのないような大きな市場の変化に直面し、脅威を感じ取ったとき、組織はどのように反応するのだろうか。

学会では、2つの説が存在する。1つは脅威を知覚することをきっかけに戦略や組織の見直しが促されるという説。もう1つは脅威に駆り立てられて損失を怖がるあまり、集権化が進み、実験的な行動を抑制してしまうという説だ。

これに対してハーバード大学のギルバートは、「何についての慣性か」を整理することが重要であると説いた。慣性には2つの種類があり、1つは経営資源の配分の仕方にかかわる慣性。この慣性が強いと、手堅い事業への再投資が続けられ、将来性とリスクを併せ持つ事業への投資が進まない。もう1つは業務のオペレーションについての慣性で、これが強いと業務プロセスの変革を妨げてしまう。

ギルバートはデジタルメディアの台頭に直面したアメリカの新聞業界について調査研究し、どちらの慣性がどのように変化するのかを明らかにした。

脅威がもたらす資源配分の変化

調査の対象となったのは4つの親会社の傘下にある合計8つの新聞社だ。発行部数は20万部から50万部程度で、地方紙もあれば全国紙もあった。

アメリカでオンラインの新聞が既存の新聞の脅威として認識されるようになったのは、1997~98年頃と言われている。当時の新聞の主流は紙媒体で、読者も広告主もまだオンラインの新聞は求めていなかったが、調査した8つの新聞社のうち7社の経営者はオンラインを脅威として知覚していた。そのためこの時期には、オンライン事業への投資が進み、割り当てられる人員も大幅に増えている。

つまり、差し迫った脅威を知覚することで、経営者は資源配分パターンについての慣性を克服することができたのである。

脅威も及ばぬ収益獲得の慣性
wavebreakmedia / Imasia???????

一方、資源配分のあり方とは対照的に、業務のプロセスや収益獲得の仕方はなかなか変えることができなかった。

脅威を強く意識するあまり、本部のコミットが行き過ぎてしまい、調査の対象となった8社のうち6社の新聞社では、現場の事業部門から本社へと意思決定の権限が移されることとなった。オンライン事業については、本部は積極的な投資をする一方で、業務管理も徹底するようになったのだ。ある会社では、オンライン事業はこれまでとは違った収入源を試すつもりだったが、本部がそれを許さず、実験を妨げてしまったという。

ほぼすべての新聞のオンライン事業において、人員は増え、出費は増大したものの、結局生まれたのはこれまでの紙媒体の新聞の複製のようなサービスが作られ、8つのうち7つのオンライン新聞はサイトの85%以上が紙媒体の内容を流用したにすぎなかった。

こうした硬直性はビジネスモデルにも現れている。業界外からオンライン新聞に参入した企業は過去の記事の検索サービスやデータ分析サービスなど多様な収入源を確保しているが、既存の新聞社は収入源を販売収入と広告収入の2つにとどまった。

例外事例に学ぶ「ねじれ」の解消法

ギルバートの事例研究では、8つのうち7つの事例において脅威が知覚されており、そのうち6つにおいて資源配分への慣性は緩和されたのに、業務のプロセスへの慣性が強化されるという「ねじれ現象」が生じた。

「ねじれ現象」が起きなかった2つの事例のうち、1つはインターネット事業を脅威ではなく機会と捉えていた。

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要約公開日 2014.08.19
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