古来、人類が使ってきたエネルギーは、おもに2種類に分けられる。「熱」と「仕事」だ。人びとは暖を取って、食べ物を調理するために木や石炭を燃やした(熱)。また、物を動かすのに自分や牛馬の筋肉を使い、たまに水車や風車を利用した(仕事)。かつてこの2つのエネルギーは別々のものと見なされ、木や石炭が力学的な仕事をすることはなく、風や水や牛が何かを熱することもなかった。
だが1700年を過ぎた頃から、この2つのエネルギーがつながるようになった。蒸気が「熱」を「仕事」に変換したのである。蒸気機関という、人類史上最も重要なイノベーションの誕生だ。
蒸気機関はワットの偉業だと思われているが、それは違う。ワットは最初の蒸気機関が生まれてから半世紀近く後に、大きな改善を加えただけだ。蒸気機関を最初に発想したのは、北西ヨーロッパに住む1人もしくは複数人だ。このようなスタートポイントのあいまいさは、イノベーションのひとつの特徴である。
電球を発明したのはエジソンだと信じられているが、これも違う。ただしエジソンが6000種類以上の材料を試したうえで、日本の竹をファラメント(芯)にし、電球を実用レベルのものにしたことは間違いない。
イノベーションは、「発明」とは異なる。イノベーションとは発明を、実用的かつ手ごろな価格で、なおかつ信頼できて定着するところまで発展させることであり、発明そのものよりはるかに大きな意味をもつ。たとえば人工の明かりは、最も偉大なイノベーションのひとつであり、それを安価にしたのがエジソンの電球だ。エジソンは、発明家ではなくイノベーターなのである。
一方で、行き詰まりをみせているイノベーションが原子力発電だ。イノベーションには試行錯誤、言い換えるなら「自由」と「失敗」が欠かせない。だが原子力は失敗の代償があまりにも大きいので、実質的に試行錯誤が封じ込められている。現状では、「新設される発電所より古いものが閉鎖されるペースのほうが速い」という斜陽産業になり果てているのもそのためだ。
農業が、人類にとって大きなイノベーションであったことは言うまでもない。農業によって、人類は狩猟と採集をするまばらな集団から、土地の生態系に手を加える密度の高い集団へと変わった。それはまた、王や神、戦争のような、それまでなかった新しい文化イノベーションを生み出した。
農業に関しては、ひとつの疑問が指摘されている。近東、中国、アフリカなど、少なくとも世界の7カ所で、それぞれまったく無関係に、それにもかかわらずほぼ「同時」に始まったことである。
それを説明するのが「気候」だ。1万2000年前に、世界は氷河時代(更新世)から現在の間氷期(完新世)に移行した。気候が温暖で湿潤になり、安定した状況になると、ほぼ同時に人びとは植物を積極的に採取し育てるようになった。農業は、他の多くのイノベーションと同じように、起こるべくして起こった。必然であり不可避だったからこそ、多くの異なる場所で発生したのだ。
農業は、人間の遺伝子をも変えた。そのイノベーションとは、8000年前ごろに発明された
3,400冊以上の要約が楽しめる