気候や風土などの自然環境が、そこに住む人々に影響を与えることは否定できない。とはいえ本書が扱う「地中海世界」とは、そうした自然的条件のことではなく、歴史のある時期に成立し、そして崩壊した歴史的世界のことを指す。
地中海世界は、今日における主な西洋文化の生みの親である。たとえばラテン的・ゲルマン的世界、ギリシア的・スラヴ的世界、オリエント的・アラブ的世界は、それぞれ地中海世界の崩壊から生まれた。また、キリスト教やイスラム教にまつわる文明も、もともとは地中海世界から発生したものだ。
地中海世界は、それ以前にあった多くの高度な文明を包括し、さまざまな矛盾と衝突を抱えながらも、ひとつの世界にまとめ上げた。このような地中海世界の形成をなしとげたのがローマ帝国だ。ローマなくして地中海世界は形成されなかっただろう。
当時のローマの支配力は驚くべきものであった。それは領土の広さだけを意味しない。実際、同時代の人々がもっとも感銘を受けたのは、ローマがギリシアの文化を同等のものとして受け入れ、地中海世界に空前の繁栄をもたらしたことにあった。
もともとギリシアの世界は、ローマの支配が及ぶ百年以上前に衰退し、他国の支配に屈していた。だがローマは地中海世界を支配するなかで、自主・独立を重んじるギリシア人の精神と、それを育んだ文化を後世に伝えていった。それはギリシア人のつくり上げた「ポリス」という、独特の共同体ないしは国家から生まれたものだった。
ポリスとは一体どのようなもので、どう成立したのか。この問いをまず考えなければ、地中海世界を捉えることはできない。
400年続いた暗黒時代のあと、ギリシア世界の黎明期が訪れた。それが古典ギリシアであり、ポリスの世界だ。
ポリスは一般的に「要砦(ようとりで)」を意味する。この言葉をギリシア人の国家に限定して使ったのは、アリストテレスの『政治学』が最初であった。彼によると、ポリスは複数の村落(コーメー)が合併して生まれたという。その背景には、防衛的・軍事的関心と、経済的関心の2つが働いたと見られる。
ポリスは基本的に、それぞれの村落の貴族層による政治統合だ。ゆえに実質的には、貴族が官職を独占していた。これに対して一般市民は、奴隷と家畜を用いて農耕に従事し、ときには余剰生産物を用いて交易を行なっていた。
とはいえ一般農民の生活は苦しく、貴族の間でも党争が繰り返されたため、没落農民と不平貴族は、次々と新天地を求めて植民地を開拓していった。こうしてギリシア=ポリスは、徐々に拡散・増加し、貨幣が用いられるようになったことも相まって、地中海地方では商業交易が活性化していく。
個人の自主性を重んじるポリスは、新しい文化を次々と生んでいった。まず発展していったのが、
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