グローバリゼーションの時代にあって、われわれの暮らすこの複雑な世界は、感情を抜きにしては理解できない。メディアによって拡大された感情は、地政学にも影響を及ぼすとともに、世界をかつてないほど感情的にもしているのだ。
もし二〇世紀が「アメリカの世紀」であるとともに「イデオロギーの世紀」だったというのなら、二一世紀が「アジアの世紀」と「アイデンティティの世紀」になるのは明らかなように思われる。
二〇世紀のイデオロギー的風潮の中で、世界は社会主義、ファシズム、資本主義など、相いれないさまざまな政治モデルによって定義されていた。今日の世界では、イデオロギーはアイデンティティをめぐる闘争に取って代わられた。あらゆるモノや人が繋がる時代には、個性を主張することが何より重要になる。
個性あるいは自己の本質に対する認識には、感情が絡んでくる。恐れ、屈辱、希望は人間が生まれながらに持っている重要な要素である。過剰な恐れ、過剰な屈辱、不十分な希望の組み合わせは、社会に最大の不安定と緊張をもたらす、危険な組み合わせなのだ。
感情は、社会が自らに対して持っている自信の度合いを映し出す。この自信の度合いこそが、危機からの回復力、つまり課題に立ち向かい、状況の変化に適応する能力を決定する。例えば中国やインドが、ヨーロッパに比べて現在の経済危機から回復する能力が高いと考えられるのは、感情が国民の集団心理に重大な影響をおよぼすからなのだ。
本書の主張の中心をなしているのは、「感情がものを言う」という事実だ。感情は人間の態度や、異文化間の関係、国家の行動に影響をおよぼす。政治指導者も、歴史学の研究者も、意識の高い一般市民も、感情を無視してはいけない。
中国とインドの二大経済大国は、それぞれ二九年間と一八年間にわたって、年率一〇パーセントほどのペースで経済成長を続けている。インドのジャーナリストで政治家のジャイラム・ラメシュは、アジアの急成長中の二大人口大国を簡単に呼ぶ方法として、「シンディア」という造語を生み出した。シンディアとは、自らを世界に開放し、異文化を通して自らの文化的本質を検証するほど揺るぎない自信を持つ、二つの全く異なる文明をいう。
中国はいつの時代も世界で最も人口の多い国だった。そのため中国の指導者は、社会や経済が混乱に陥るという恐怖感につねに苛まれ、集団の論理を優先する体制を作り上げた。自由の欠如と独立した司法制度の不在は、中国が長期的経済成長と生態系に配慮した持続可能な開発を推進する上で、深刻な妨げになる。だが圧倒的大多数の中国人が望んでいるのは、物質的進歩、まともな住居環境、海外旅行の自由、そして政治的安定なのだ。
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