客観性の落とし穴

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客観性の落とし穴
出版社
出版日
2023年06月10日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

「誰でも幸せになる権利があると言うが、障害者は不幸だと思う」

「働く意思がない人を税金で救済するのはおかしい」

これらは、『客観性の落とし穴』で紹介される、著者が担当した授業での学生からのコメントだ。要約者はこうした意見を目にするたびに不思議に思っていたことがある。なぜ、自分が助けられる側にいるときのことを考えないのだろう、と。今健康に働いている人であっても、障害をもつことがあるかもしれない。何らかの事情で働けなくなるかもしれない。個人の生活の実感から考えれば、そんなときに助けてもらえる社会のほうが良いに決まっている。

だが、障害のある人や働けない人を排除したほうがいいという意見を言う人は少なくない。これは生活者の視点から来たものではなく、社会の「コスパ」を考える為政者の視点からの意見である。こうした思想はどこから来たのか。そのヒントは『客観性の落とし穴』が指摘する、客観性や数値への過度の信仰にある。

客観性や数値を重視するあまり、私たちは数値化できないはずのものまで数字に置き換えようとしてきた。数字は人間を序列化し、競争へと向かわせる。それは人を「社会の役に立つ」か「立たない」かで切り分ける思想へと結びつけ、社会的に弱い立場にいる人を排除する思想へと行き着いてきた。

こうした息苦しい社会のなかで、著者は「経験」が引き出される「語り」に、客観性によって失われていたものを取り戻す可能性を見出す。本書の紹介する生々しい語りは、言葉と経験のもつ力を再認識させてくれるはずだ。

ライター画像
池田友美

著者

村上靖彦(むらかみ やすひこ)
1970年、東京都生まれ。基礎精神病理学・精神分析学博士(パリ第七大学)。現在、大阪大学大学院人間科学研究科教授・感染症総合教育研究拠点CiDER兼任教員。専門は現象学的な質的研究。著書に『ケアとは何か』(中公新書)、『子どもたちのつくる町』(世界思想社)、『在宅無限大』(医学書院)、『交わらないリズム』(青土社)などがある。

本書の要点

  • 要点
    1
    現在の社会では、客観的なデータや数値的なエビデンスが真理として受け入れられているが、客観的なデータがなくとも意味のある事象は存在する。
  • 要点
    2
    客観性を重視する傾向は、数字に支配された世界で人間が序列化されることにつながっていく。そこでは社会的に弱い立場の人は排除され、多くの人は競争に縛り付けられ苦しめられている。
  • 要点
    3
    本書では、個人の生き生きとした「経験」が引き出される生々しい即興の「語り」を受け取る方法を探りながら、誰も取り残されない社会のあり方について考える。

要約

【必読ポイント!】 数値と客観性の信仰が生む息苦しさ

「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか」
FG Trade/gettyimages

著者は、医療現場や貧困地区の子育て支援の現場で行ったインタビューを題材に、大学1、2年生の授業を担当することがある。そうしたとき、「先生の言っていることに客観的な妥当性はあるのですか」という質問を受ける。著者の研究は、対象者の語りを丹念に分析するものであり、数値による裏付けはない。そういう意味で、学生が客観性に欠けると感じるのは自然なことだ。

一方で、「客観性」や「数値的なエビデンス」を絶対の真理と見なすことに対する違和感も拭えない。客観的なデータでなかったとしても、意味がある事象は存在する。客観性だけに価値をおく社会では、一人ひとりの経験が顧みられなくなるのではないか——。

「誰でも幸せになる権利があると言うが、障害者は不幸だと思う」

「働く意思がない人を税金で救済するのはおかしい」

授業のなかで、こんな声が聞かれたこともある。学生たちの意見は、社会の代表的な意見であるだろう。社会的に弱い立場に置かれた人に対して、学生たちが冷淡なのは、そもそも社会にそうした人たちへの厳しい目があるからだ。

社会的に弱い立場の人に厳しくあたる傾向は、客観性を重視する傾向と無関係ではない。両者は、数字に支配された世界で人間が序列化されているという点で共通している。常に競争の恐怖に怯える序列化された世界で、幸せになれる人はほとんどいない。学生たちが社会へ向けた厳しい目線は、翻って自分たちを数字による競争に縛り付け、苦しめることになっている。

本書は、私たち自身を苦しめる発想の原因を、数値と客観性の過度な信仰のなかに探っていく。

客観性が真理となった時代

客観性の誕生

世界のあらゆる事象が客観的にとらえられるものになっていったのは、19世紀から20世紀にかけてのことである。客観性を重視する世界の歴史は、まだわずか200年弱しかない。

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要約公開日 2023.07.06
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