強盗が店員を人質に取り、コンビニに立てこもっている。対応しているのは、ニューヨーク市警の人質交渉チームだ。
凄い剣幕でまくしたてる犯人に対して、交渉官は「苛立っているようだな」と言葉をかける。傾聴の基本的なテクニックである「ラベリング」だ。強い感情を抑制するとともに、共感を示して相手との関係を構築する効果もあるとされる。
さらに交渉官は、相手の言葉を繰り返す「ミラーリング」も活用する。そうして相手の話を長引かせながら、情報を引き出し、徐々に関係を構築して、望ましい方向へと誘導していくのだ。
慎重なコミュニケーションが功を奏し、会話のトーンが徐々に軟化して、見事人質を救出した――。
ニューヨーク市警の訓練施設で行われた、人質交渉の模擬訓練の一幕だ。その場に同席していた著者は、傾聴の威力を目の当たりにして、「人とのコミュニケーションのマスターキーは傾聴だ」と確信した。家庭での人間関係を改善する方法が、ようやく見つかったのだ。
確信を得た著者に対し、交渉官は「傾聴は家族には効かない」と言い放った。人命を救えるのに結婚生活は救えない? そんなことがあり得るのだろうか。
だが、交渉官の言うことは正しかった。傾聴は、人質交渉のように、実践者が問題から一定の距離を置いている場合にのみ有効なのだ。ワシントン大学の心理学名誉教授、ジョン・ゴットマンが行った調査では、傾聴を実践できた数少ないカップルにおいても、効果はごく短期間しか持続しなかった。立てこもり犯との交渉とは違い、結婚生活はたいてい長く続く。
人間は複雑な生きものだ。そんな複雑な存在に使える、シンプルで普遍的なマスターキーなどあるはずがない。傾聴だけでなく、同様に人への対処法として「当然」とされている多くのものが、実は間違っていることも多いのだ。
著者は本書で、私たちにとって馴染みのある4つの常識を検証していく。
多くの研究で、第一印象は初対面の場だけでなく、その後も長きにわたって大きな影響を与えることがわかっている。実際、選挙の候補者の顔写真を人びとに見せ、「どの候補者が有能に見えるか」と尋ねる調査をすると、首位になる候補者が70%の確率でわかるという。また、採用担当者が求職者に抱く面接前後の印象には相関関係があるとされる。
相手の見た目や行動から人となりを判断する能力の精度は70%に達する。ここで注意したいのは、70%であって100%ではないということだ。
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