本書で「つかみ」として定義されているのは、「文章の書き出し」のことで、冒頭の1〜10行目ほど、文章量で言えば200〜300字程度だ。
著者はライターを25年続けるなかで、とくに現代では、文章の「つかみ」が面白くなければ、そもそも読んですらもらえない、という冷徹な事実を痛感してきた。過去には、外山滋比古氏や古賀史健氏など、「文章術」を書いたベストセラー作家らも、「つかみ」の重要性を口々に訴えている。
なぜ「書き出し」が重要なのか。その最大の理由は、読者が「忙しくなっている」からだと著者は指摘する。インターネットの普及により、コンテンツの量が爆発的に増え、情報の受け手は、文章だけでなく動画や音声など、さまざまな選択肢がある。そのなかであえて文章を読んでもらうには、「つかみ」の段階で「面白い!」「続きを読みたい」「どんな内容なんだろう」と読者に興味を持ってもらう必要があるのだ。
著者自身も、良い「つかみ」が書けずに苦しんでいた。そして、若手ライター時代から、さまざまな人に「つかみ」について指摘を受けるうちに、「つかみ」の技術を体得してきたという。本書は、著者の経験とノウハウを余すことなく紹介し、読者の心をつかむ「書き出し」を書くエッセンスをまとめる。
「つかみ」が重要なのは、記事だけではない。ビジネスも人生も、「つかみ」次第で大きく変化する。たとえば、就職活動の自己PR文。新卒採用の際、面接官は大量のエントリーシートを確認する。しっかり読んでもらうためには、「つかみ」が重要だ。
「私は大学1年生からホテルでアルバイトを始めました」と冗長な書き出しで始まる文よりも、「私の強みは『どんなことでも、ひと工夫加える姿勢を持っていること』です」とキャッチーなつかみで始まる文章のほうが、面接官の目に留まりやすいはずだ。「つかみ」を魅力的に書くことが、キャリアを大きく左右するかもしれないのだ。
「つかみ」は読み手だけでなく、書き手にも影響を与える。著者は「つかみ」をきちんと考えるようになってから、「文章全体」を評価される機会が増えていったという。それは、良い「つかみ」をつくることは、伝わる文章に必要な要素を突き詰めて考えることに他ならないからだろう。
良い「つかみ」にするには、「読み手」「メッセージ」「(文章の)構成」の3つを意識すること。まず、その文章はどのような年代・属性・嗜好を持った読者を対象に書くのかを明確にする。そもそもその文章が「結局何を言いたいのか」というメッセージをはっきりさせることも欠かせない。さらに、どのような順番で文章を構成していくかの「構成」を考えるのも重要だ。
この3つを考えると「つかみ」も、文章全体の方向性もはっきりする。すると、筋の通ったわかりやすい文章になる。良い「つかみ」が書ければ、筆も乗り、アイデアも浮かびやすくなり、相乗効果で文章全体が良くなっていく。
「つかみ」が決めるのは、読み手に読んでもらえるかどうかだけではない。自分の考えが相手に伝わる文章が書けるかどうかも「つかみ」にかかっている。
著者は「つかめるつかみ」は次の2つの要素を満たしていると解説する。1つは「最初の数行だけで、何らかの期待を持つことができ、続きが読みたくなる」こと。もう1つは「全部読んだときに、『期待に応える文章だった』と感じられる」ことだ。
読者には以下3つの「期待」があり、それを満たすのが「つかめるつかみ」だ。1つ目は、問題を解決したいという期待。たとえば、「営業トークが苦手なので上手くなりたい」といった具体的な期待から、「お金を儲けたい」などのあいまいな期待までさまざまである。それらの問題を解決してくれそうな「つかみ」を持ってくれば、読者は続きを読みたくなる。
2つ目は「知的好奇心を満たしたい」という期待。これは、仕事や生活に役立つかどうかは関係なく、人が持っている欲求だ。「ずっと疑問に思っていたこと」や「謎に包まれていること」をつかみで提示すれば、読者は「もっと深く知りたい!」と続きが気になるはずだ。
最後に、「心の栄養を得たい」という期待。読者が必要とする心の栄養は、置かれている状況によって異なる。落ち込んでいる人は「楽しい、笑える」文章を期待しているし、退屈している人は「夢がある」文章に触れたいという欲求を持っている。そうした期待に応える「つかみ」は、読者に続きを読んでもらいやすくなる。
「つかめないつかみ」の定義として著者が挙げるのは以下の2つだ。1つ目は、「最初の数行を読んでも、読みたい気持ちが起こらない」。2つ目は「全文読んだときに、読み手の気持ちに応えられていない」だ。
著者はさまざまな記事やnoteなどのブログで見つけたいまいちな「つかみ」のうち、とくに多かったパターンを「つかめない症候群」として次の5つにまとめた。
まずは、「わかりやすいけど、無難すぎる『つかみ』」症候群。「先月からバレエ教室に通いはじめた」といった書き出しは、前提を共有しようとしているのだとはわかるが、無難すぎて読み手を惹きつけるインパクトがない。
ここから抜け出そうとしたときに陥りがちなのが「手あかのついた『つかみ』に頼っている」症候群。「少子高齢化が進み」や「グローバル化の進展によって」、「もうすぐ桜舞い散る季節」などの時代背景や季節に関する「つかみ」は、あまりによく見かけるために、「続きを読みたい」と思わせる驚きに欠ける。
次に、「読み手の興味とズレたネタを選ぶ」症候群。株式投資に興味がある読者に対して、実際に株式投資で稼いでいる人物へのインタビュー記事の「つかみ」に、「私が株式投資を始めたきっかけは、祖母が……」と、インタビュイーの経歴を持ってくるのは悪手である。読者は「この人はどれくらいのお金を株式投資で稼いだのか」「どうやってその金額を稼いだのか」を知りたいのであり、インタビュイーの経歴への興味は二の次だからだ。「つかめるつかみ」には、読者の興味にダイレクトに刺さる内容を持ってくるべきだ。
うまいつかみを書こうと力みすぎて、ダラダラしてしまうは「『つかみ』が冗長でダラダラしている」症候群だ。余計な言葉が多かったり、いらない話が入っていたりして、なくても意味が通るような「つかみ」を書いてしまう。
最後に、「本題と『つかみ』が合っていない」症候群。「食費を月1万円で抑えられる方法はあるのでしょうか」と気を引いておきながら、最後までその内容が解説されなければ、読者はがっかりしてしまう。読み手の興味を惹けても、期待を裏切ってしまえば、その「つかみ」は失敗と言わざるを得ない。
つかめるつかみを書くために最初におすすめしたいのは、「最もおいしいネタは出し惜しみしないで『つかみ』に持ってくる」ことだ。
せっかくのおいしいネタが、途中に埋もれている文章は少なくない。あとにとっておいたほうが面白い文章になるのではないか、最初に面白いネタを持ってくると尻つぼみになるのではないか、と心配になるかもしれない。だが、読み手は最初の数行で惹きつけられなければ、あとにどんなに面白い話が待っていたとしても、読んでくれない。
読んでもらえる可能性を少しでも高めたいなら、「つかみ」には「最もおいしいネタ」を持ってくる。すべての文章で使える技ではないが、文章を書くときに「最もおいしいネタは何か」「『つかみ』に持ってこられないか」と一考する価値はある。
最もおいしいネタのなかでも文中に埋もれやすいのは次の3つだ。これらを「つかみ」に持ってくることを検討しよう。
1つ目は、「最も伝えたいポイント」だ。最大のポイントを「つかみ」に持ってくるという手法は定番中の定番だ。最も伝えたいことを最初に持ってくることで、メッセージが明確になり、伝わりやすくなる。書いている自分も、文章のポイントを意識しながら書くことができる。
「印象的な情景・シーン」も、文中に埋もれやすい。川端康成の『雪国』の冒頭、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、列車の情景を描き、読者を物語の世界に惹き込む「名つかみ」だ。とくに「読者の心の栄養」「知的好奇心」タイプの文章で取り入れたい「つかみ」である。
最後に、「感情・気持ち」。喜怒哀楽をはじめ、あせりや苦悩などの感情が「つかみ」に入っていると、読者は興味を持ちやすくなり、続きを読んでもらえる可能性が高まる。
最後に、自分が文章を書くときに使える、「つかみ」をつくる王道の5つのステップを紹介しよう。
ステップ1では、目的をはっきりさせる。「何を書くのか(テーマ)」「誰に読んでもらうのか(読み手)」「この文章を通して、読み手に何を伝えたいのか(メッセージ)」という3つの要素をはっきりさせておくことで、文章を書いていくときに方向性がブレづらくなる。
目的がはっきりしたら、要素を出して、何を書くか・書かないかを考えるのがステップ2だ。書く文章にはどんな要素があるかを箇条書きで出せるだけ出してみる。出し切ったら、カテゴリー別に分類しよう。まとめていくうちに、テーマやメッセージがより明確になる。もしここで違うメッセージを伝えたくなったら、ステップ1に戻って考え直してみる。こんなふうに書けばいいかなというイメージが湧いたら、次のステップに移っていく。
ステップ3では、プロットをつくる。プロットとは、文章を書きはじめる前の簡単な文章の構成のことだ。要素を矢印でつないで、プロットの流れを視覚化しておくとわかりやすい。
プロットは文章を書くときの羅針盤だ。これに沿って文章を書き進めることで、構成が崩れることや、本題とつかみが噛み合っていないという状態も防ぐことができる。まずは「時系列」「現在・過去・未来」などの、よくある型でプロットをつくってみよう。たたき台となる「プロット」があったほうが、「つかみ」や「ネタ」についても考えやすくなる。
ステップ4では、プロットの構成に沿って文章にする。まずは「つかみ」にこだわりすぎずに全体を書ききることを目指そう。そのほうが、全体像を掴んだうえで細部を検討しやすくなる。必要であれば、前のステップと行ったり来たりする。そうしているうちに、それまで気づいていなかった「つかみ」が浮かぶことはしばしばある。
ステップ5は推敲だ。文章を書き上げたら必ず推敲する。とくに、無駄な文章を削ったり、難解な言葉をわかりやすい言葉に変えるという点に注意しよう。ちょっと文章を磨き上げるだけで、読みたくなる「つかみ」に変えることができる。
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