著者がドラッカーと初めて出会ったのは、1979年の春だった。日本経済新聞社のニューヨーク支局で記者生活を送っていた著者は、海外の高齢化問題の動向と議論を調査するため、ピーター・ドラッカーへのインタビューをすることになった。
ドラッカーはこのインタビューの3年前、高齢化問題を取り上げた『見えざる革命』を発表していた。この本は、若者文化が中心となっていた当時のアメリカ社会と対照的な内容であったことから、批判の対象となっていた。ドラッカーには語りたいことが多くあったのだろう。カリフォルニア州の小都市クレアモントの自宅に訪れた著者を暖かく迎え入れ、数時間に渡ってインタビューに応じてくれた。
これが、著者とドラッカーの以後30余年続く交流の始まりだった。それからはドラッカーが日本を訪れるたびに、著者はインタビューをしたり食事をともにしたりするようになった。著者は、このクレアモントでの出会いを「幸運」であったと振り返る。
ドラッカーが2005年に亡くなってからも、彼が残した多くの著作は世界中で読み続けられている。とくに、組織のあり方や運営の仕方について長期的、本源的、総合的な視点から説いた『マネジメント』は、世界の、とりわけ日本の経営者のバイブル的存在となっている。
企業経営においてドラッカーが強く主張したのは、人はコストではなく「資産」であるということだ。企業は人という資産を活かすことで生産性をあげ、イノベーションを生み、社会に貢献することができる。そのためには、人の「強み」を活かすことが大切だと終始一貫して論じている。
日本企業は長らく「長期経営」「人材重視」の経営を行ってきたが、バブル景気崩壊後は収益の回復・確保のために人件費を削減し、非正規雇用者を大量に生み出した。あれから30年以上経った今も、人を「コスト」とする発想から抜け出せていない。
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