恥の多い生涯を送ってきた。
自分には人の営み、人間の生活というものがさっぱりわからない。自分と世のすべての人たちがもつ幸福の観念は、甚だ食いちがっているような不安に襲われる。自分は東北の裕福な家庭の生まれで、小さい頃から「仕合わせ者だ」と言われてきたが、まわりの人たちのほうがずっと安楽なように見える。
自分には、他人の苦しみの性質や程度がまるで見当つかない。みんな歩きながら何を考えているのだろう? 夜はどんな夢を見て、朝は爽快なのだろうか? 人間はめしを食うために生きていると聞いたような気がするが、金のためということもあるのか……? 考えれば考えるほどわからなくなり、不安と恐怖に苛まれる。
自分は他人とほとんど会話ができない。何をどう言っていいかわからないからだ。
そこで、道化になることを考えた。自分の懊悩は胸の奥に隠して、表面的には絶えず笑顔をつくり、ひたすら無邪気な楽天家を装って「道化」を演じるのだ。何でもいいから笑わせておけば、いわゆる「生活」の外にいても気にされないのではないだろうか。自分は空気のような存在だ。自分は道化になって、家族や下働きのものたちに必死にサービスをした。
自分は勉強が「できた」ようで、成績は操行以外すべて十点だった。受験勉強はろくにしなかったが、中学には無事入学することができた。
中学でも例の道化を演じ、日に日にクラスの人気を得ていった。以前よりも演技はのびのびとして、教師も「大庭さえいなければ、いいクラスなんだがな」と口では言いながらも笑っていた。もはや自分の正体を完全に隠蔽できたのではないか、とほっとしていた矢先、背後から突き刺される事件が起きた。
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