2022年9月、ウクライナの首都中心部にあるキーウ中央駅。巨大な駅のプラットホームには、大切な人の帰りを待つ人たちがいた。ホームにいるのはみな、18歳から60歳の男性だ。彼らは戦時下のウクライナで戦闘要員の対象となり、出国を禁止されていた。ホームで再会した家族や恋人たちは、抱き合い、涙を流し、キスをして、記念写真を撮影している。
戦場カメラマンである著者の渡部陽一氏が4度目のウクライナ取材で見たのは、日常が戻ってきたキーウの街だった。2022年2月にロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始してから半年以上が経っていた。ウクライナの東部では激戦が続いていたが、この頃になるとキーウのショッピングモールでは多くの店が営業を再開し、休日の店は買い物客で溢れていた。朝の公園でランニングをし、仕事へ向かい、お昼はおしゃれなカフェでランチ。帰宅したら家族と散歩して、夜はレストランで食事をする。人が戻ってきた街は再会の喜びに溢れ、家族や友人と過ごす時間を大切にする、ウクライナの日常がそこにはあった。
翌月の10月10日、キーウ中心部でミサイル攻撃と見られる爆発が起きた。一般市民がごく普通の日常を過ごしていた場所に、ミサイルが撃ち込まれたのである。
それは報復攻撃であった。2日前に「クリミア大橋」で爆発があったことをプーチン大統領は「ウクライナ特務機関によるテロ」と断定し、ウクライナ市民が徐々に帰国しているキーウ中心部や地方都市を攻撃したのである。
戦争というと、戦争映画のように、跡形もなく荒廃した道を戦車が行き交い、武装した兵士が銃を構え合う、緊迫した場面ばかりが思い浮かぶかもしれない。ところが、戦場カメラマンである著者が戦争が起きている国に到着すると、あまりに普通の日常が広がっていて、拍子抜けすることが多いという。戦争の最中でも、どこもかしこも緊迫しているわけではなく、戦いとふつうの日常が共存している。だからこそ、戦時下で人々は生きていける。そして、戦争は長引く。
悲惨な戦地の姿がある一方で、柔らかな日常が存在している。これが著者の見てきた戦場の「本当」の姿であった。
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