コンビニの商品企画部に所属する久保進士(26歳)は、スイーツの新製品について意見を求められた。「この商品は若い女性にウケそうな気がします」と答える進士に、部長の井上はこう聞いた。「根拠は?」。
井上は「これはイケそう」「今年はこれが来ると思います」と常に直感的な答え方をする進士に、「論理的に説明できないと仕事にならない」と諭した。もちろん進士にも考えていることはある。だが自分の考えに自信が持てず、それをうまく表現できないのだ。進士はいちいち「根拠は?」「なぜ?」と聞かれるビジネスコミュニケーションが鬱陶しく、また、それができない自分にコンプレックスを感じていた。
進士には付き合って1年になる彼女・後藤マヤ(24歳)がいる。マーケティング会社に勤務するマヤは理系の知識が豊富で、進士とは真逆のタイプだ。2人は今週末、軽井沢に一泊で旅行する予定だ。
軽井沢でサイクリングを楽しんでいた進士とマヤは、森の中で小さなカフェを見つけた。「行きたい雑貨屋があるから、先に入っていて」というマヤと分かれて、進士は店の扉を開けた。店員らしき小柄な年配の女性が、ニッコリ笑って話しかけてきた。「この店、ちょっと変わった空間で素敵でしょ?」。
白と黒を基調としたスッキリした内装に、床には三角形のタイルが隙間なく並んでいる。店の名前は「café geometry」。geometry(ジオメトリー)とは幾何学という意味だそうだ。
女性の名前は駒田恵子。昨年まで大学で数学を研究していた数学者で、70歳を機に引退してからは、友人が経営しているこのカフェで働いているのだという。進士は文系で、数学にはあまりよい印象がない。そんな進士に対して恵子は「数学とは、美しいものだと思う」と微笑んだ。
恵子によると、数学とは「根拠を揃えて説明すること」、つまり「説明」である。例えば、三角形に関する公式や法則はその三角形の特徴を「説明」したものである。その公式を見出して、それが正しいことを論理的に説明することが数学なのだ。
恵子は今、ビジネスコミュニケーションに興味があるという。数学とビジネスコミュニケーションには、「誰もが納得する根拠のある説明が求められる」という共通点があるからだ。
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