ある町に「幸福の王子」と呼ばれる美しい像が立っていた。この像は全身を純金で覆われ、目には輝くサファイア、剣の柄には大きな赤いルビーがはめ込まれていた。王子は町の人々の自慢だった。
ある市会議員は芸術的なセンスがあると思われたいがために「風見鶏のように美しい」と評したが、実用的でないと思われることを恐れて、「ただし風見鶏ほど役に立たない」と付け加えた。
ある母親が月を欲しがる息子に、「なぜ幸福の王子のようになれないの?」と言った。幸福の王子は何も欲しがらなかったからだ。
ある男性はこの素晴らしい像を見上げながら、「世界に本当に幸せな人がいるのは喜ばしいことだ」とつぶやいた。
養育院学校の子どもたちは、王子の像を「天使のようだ」と言った。数学の先生が「天使を見たことがないではないか」と指摘すると子どもたちは「夢で見たのです」と答えた。これには先生は嫌な顔をした。子どもが夢を見るのは良くないと思っていたからだ。
ある夜、小さなツバメが町の上を飛んでいた。仲間たちはすでにエジプトに飛んでいったあとだったが、このツバメは美しい葦に恋をしていたためにこの地に留まっていたのだ。しかし、ツバメは恋人に飽きて、旅を再開したくなった。葦にいっしょに来てくれるかと尋ねると、首を横にふった。もてあそばれたのだと憤ったツバメは、エジプトに向けて旅立つことにした。
町で寝床を探していたツバメは、幸福の王子の足元に降り立った。そこで眠ろうとすると、大きな水の粒が落ちてきた。雨も降っていないのにどこから水が落ちてくるのかと不思議に思い、上を見上げる。すると、幸福の王子の両目が涙でいっぱいになっているのが見えた。月明かりに照らされた王子の顔はとても美しく、ツバメの心は哀れみでいっぱいになった。
幸福の王子は、生きている間は悲しみを知らず、幸せだったと語り始めた。サンスーシの宮殿に住んでいて、高い塀の向こうで何が起きているのかも知らず、昼は庭園で遊び、夜は大広間でダンスをした。周りには美しいものしかなく、幸福の王子と呼ばれていた。楽しさを幸福と呼ぶなら、たしかに幸福に生き、幸福に死んだ。そして死んでから町全体が見渡せるこの場所に置かれた。そうしてはじめて、町の悲惨さと醜さを見て、心が痛んで泣かずにはいられないのだという。
王子はツバメに、自分の剣からルビーを抜き取って、貧しいお針子の家に届けるように頼んだ。お針子は女王様の侍女が次の舞踏会で着るドレスにパッションフラワーの刺繍をすることになっていた。お針子の幼い息子は熱があり、オレンジを食べたがっているが、母親が与えられるのは川の水だけだった。
ツバメはエジプトへ向かいたかったが、王子の悲しみに心を打たれ、頼みを聞くことにした。心優しいツバメは王子の剣から大きなルビーを取り出して、暗く冷たい夜の町の上空を飛んでいった。豪華な宮殿に通りかかると、恋人たちが星空の下で愛を語りあっている。美しい女の子は、自分のドレスが舞踏会に間に合うか心配しているようだった。パッションフラワーの刺繍を頼んだけれど、お針子はとても怠け者だから、と。
ツバメはお針子の家に到着すると、テーブルの上にある母親の指ぬきの脇に大きなルビーを置いた。そしてベッドの周りを飛びまわり、男の子の額を翼で仰いでやった。「涼しい」とつぶやいた少年は、「きっと良くなる」と言って心地よい眠りについた。
ツバメは王子のところへ戻ると言った。「こんなに寒いのに、温かい気持ちがするのです」。「良いことをしたからだよ」と王子は答えた。
翌日、ツバメはエジプトへ発とうとしたが、王子はもう一晩待ってほしいと頼んだ。
王子はある屋根裏部屋で苦しむ若い男性の様子を話し始める。彼は劇場の支配人のために演劇を仕上げなければならないが、寒さと空腹に苦しみ、もう書くことができない。だからサファイアでできた自分の目を抜き出して彼に届けてほしい。それを宝石屋に売って食べ物と薪を買ったら、芝居が書けるだろう、と。
ツバメはそんなことはできないと一度は断ったが、王子は頼み込んだ。「言うとおりにしてほしい」
そしてツバメは王子の目を取り出して、若い男に届けた。両手に顔をうずめていた男が顔を上げると、美しいサファイアがあった。きっと自分の熱烈なファンからの贈り物に違いないと信じた男は、演劇を完成させる希望を取り戻し、幸福そうであった。
翌日、ツバメが港へ飛んでいくと、船員たちが大きな掛け声をかけながら、露箱をロープで引き上げていた。ツバメも「私はエジプトへ行く!」と叫んだが、それを気に留める人はいなかった。
夜になると、ツバメは王子のもとへ戻り、「さようならを言いに来ました」と告げた。ところが王子はもう一晩だけ自分と一緒にいてほしいと頼んだ。ツバメはもうすぐ冬になってしまうと答えたが、王子は広場にいるマッチ売りの少女の話をした。女の子はマッチを溝に落としてすべてダメにしてしまった。お金を持って帰らなければ父親に叩かれると。王子は自分のもう1つの目を少女に与えてほしいと頼みました。
残った目を取り出せば王子はもう何も見えなくなってしまう。ツバメは躊躇したが、王子は「言うとおりにしてほしい」と言った。
ツバメは王子のもう片方の目を取り出し、少女のところへさっと降りると、宝石を小さな手の中に滑り込ませた。きれいな「ガラス玉」を見つけた少女は喜び、家に帰っていった。
盲目になった王子のもとへ戻ると、ツバメは「ずっとあなたと一緒にいます」と言った。王子はツバメにエジプトへ行くよう促しましたが、ツバメは王子の足元で眠った。
次の日は一日中、ツバメは王子に世界各地の話をした。珍しい土地や美しい光景よりも、王子の心に留まったのは苦しんでいる人たちのことだった。王子はツバメに町を見てきて、見たものを教えてほしいと頼んだ。
ツバメは大都市を飛び回り、美しい家で暮らす豊かな人々がいる一方、暗い路地で飢えに耐えている人たちがいるのを目の当たりにした。そして、王子のところに戻って見てきたことを話すと、王子は自分の体を覆う純金をはがして貧しい人々に分け与えるように言った。
ツバメが純金を一枚一枚はがし、貧しい人に届けると、子どもたちは笑顔を取り戻し、「パンが食べられる!」と大声で言った。
王子は輝きを失い、ついには灰色になってしまった。
やがて雪が降ってきた。霜も降りてきて、つららがのき先に下がり、みんな毛皮を着て出歩くようになった。子どもたちは真っ赤な帽子をかぶって、氷の上でスケートをしている。
あの愛しいツバメはどんどん寒くなってきたが、王子のそばを離れようとしなかった。王子のことを心から愛していたのだ。ツバメはパン屋のドアの外でパンくずを拾い、羽ばたいて自らを温めようとした。しかし、やがて自分の命の終わりが近づいていることを悟る。最後の力を振り絞り、王子の肩に飛び乗り、「さようなら、愛しい王子」とツバメはつぶやいた。そして「あなたの手にキスをしていいですか」と尋ねた。
王子はツバメがエジプトに行くのだと思い喜び、キスはくちびるにしてくれと答えた。ツバメを愛していたからだ。
ツバメは自分が行くのはエジプトではない、死の家だと答えた。死は眠りの兄弟ですよねと言ったツバメは、王子のくちびるにキスをして、王子の足元で息を引き取った。その瞬間、王子の像の中で、何かが砕ける音がした。鉛の心臓が割れたような音だった。
翌朝、市長と市議会の議員たちが王子の像の下の広場を通りかかった。市長は像を見上げ、すっかりみすぼらしくなっている王子に気づいた。議員たちも口々に賛同する。
剣からルビーは消え、目はなくなり、もう金の像でもなくなっている。「これでは乞食と大して変わらない!」と市長が叫ぶと、やはり議員たちは口々に賛同した。足元には死んだ鳥までいる。市長が「ここで鳥が死んではいけないと通達を出さなければ」とつぶやくと、書記がその提案を書き留めた。
もはや美しくもなく、役にも立たないと判断された王子の像は、溶鉱炉で溶かされることになった。その金属を使って次はどんな像をつくるべきかと市長と議員たちはもめはじめた。みんな自分の像を立てたいと思っているのだ。
像を溶かそうとしたとき、王子の鉛の心臓だけは溶けずに残った。作業員はなぜ溶けないのかと不思議がりながら、鉛の心臓をゴミ箱に捨てた。そこには死んだツバメも横たわっていた。
神様は天使に、この都市で最も貴いものを2つ持ってくるように命じた。すると天使は、ゴミ捨て場に捨てられた鉛の心臓と死んだツバメを選び、神様のところへ持っていった。「正しい判断だ」と神様は言った。王子とツバメはその高貴さを認められ、楽園で永久に暮らすことになったのだった。
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