ある秋の嵐の夜、レイチェル・カーソン(以下、カーソン)は当時一歳八ヵ月だった甥のロジャーを抱いて、雨の中、海辺に降りていった。夜の海は波があらぶっている。壮大に轟く海原の息吹に、二人は喜びを感じていた。初めて「海の神様」の激情に触れた幼な子と、半生を海と共に過ごしてきたカーソン。二人は同じ興奮を味わっていた。
嵐が収まった数日後、夜の帳が下りた海岸線を、懐中電灯片手に二人は歩いていた。このときは幽霊ガニを探していた。海の壮大さに対してこのカニはあまりにも小さく脆い。だが、その姿を眺めていると、心が揺さぶられ、哲学的な気持ちになる。ロジャーも同じ気持ちなのかはわからない。けれども、この世界を、彼なりに受け入れているのが感じられて、カーソンは嬉しかった。
風の歌、暗闇、波の鳴り響く音。自然の呼吸を全身で感じながら、「ユウレイ」を探し始めるのである。
カーソンは夏休みをメイン州で過ごす。ここには自分だけの海岸と小さな森があって、ベイベリー、ビャクシン、ハックルベリーが岸辺の花崗岩の縁(へり)に自生していた。海辺から木々を抜けて小高い丘に登る。トウヒやモミの香りがしていて、地面を踏みしめる足の周囲では、ブルーベリー、チェッカーベリー、トナカイゴケ、バンチベリーが北アメリカの森を描いている。
カーソンはロジャーに動植物の名前を教えようと特に意識したことはない。「あれを見て」「こっちを見て」。そんな風に、今自分が見ているものを喜びとともに表現するだけだ。でも、ロジャーの心には動植物の名前がしっかりと刻まれていて、そのことに驚かされることもしばしばだ。
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