2002年6月、社長として最初に臨んだ朝礼で、新浪は緊張の面持ちで自分を見つめる社員たちに向かって言った。
「ぜひ、どのチェーンにも負けないような、うまいおにぎりを作りたい」
白けた空気が場を包む。古参社員たちの中には、筆頭株主・三菱商事から送り込まれてきた新社長の発言に失笑する者もいた。小売りについて何も知らないハーバード大学MBAホルダーのエリートが気まぐれを言っているに違いないと。
新浪もまた語りかけながら「手応え」のなさを感じていた。
「あなたはエリート商社マン。欲しいのは、ローソンを変革したという『実績』でしょう。短期的に、ローソンが良くなったように見せればそれでミッションは完了。僕たちがその先どうなろうと知ったことではないはずだ」と。
社内を覆っていたのは、社員たちの、経営に対する不信感だった。その背景にあるのは、これまでローソンが歩んできた経緯にほかならない。
社長就任から遡ること二年強、三菱商事の社員だった新浪は、ダイエー創業者の中内功から驚くべき提案を切り出された。「ローソンの株の一部を、三菱商事に持ってもらいたい」苦境にあるダイエーにとって、コンビニ事業を担うローソンはまさに「虎の子」の優良子会社。二兆円を超えるまでに膨れ上がった有利子負債を削減するために、売却交渉を進めていたのだ。
当時業界内でローソン株の売却先として有力視されていたのは、同じ総合商社でダイエーと関係の深い丸紅。三菱商事と丸紅のローソン争奪戦を三菱商事が制したのは、この争奪戦は、商社側から見た「商社の川下(小売り)展開」という文脈の「買収劇」というよりも、むしろ現実には、一刻も早く有利子負債を圧縮したいダイエー――裏を返せば、多額の債権を少しでも回収したい金融機関――主導で進められた「売却劇」の色彩が強かったからだ。三菱商事と組んだ方が、株価が高くつく。ダイエーがローソン株を三菱商事に売却すると発表したその日、ムーディーズがダイエーの長期債格付け見通しを「安定的」から「ポジティブ」に引き上げたことからも、その狙いはまずは当たった、と言えるだろう。
しかし、その後のシナリオは市場の動静にかき回されて狂っていく。1999年当時、株式市場では「コンビニはEC(電子商取引)の商品受取拠点などとして活用できる」とコンビニECの可能性が高く評価されていたが、
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