電車でお年寄りに席を譲ったのに、当たり前のような態度をとられた。困っている後輩を助けてあげたのに、反応が薄かった……。人に親切にしたのに感謝されないと、損した気分になることがある。これは、自分が差し出した優しさに何らかの「見返り」を求めているからだ。
日本人は、相手の「好意」を勝手に期待する傾向がある。夏の暑い日に訪ねてきた人に冷たい飲み物を差し出す文化がいい例だ。気を遣われることに慣れている日本人は、自分の期待値に見合う度合いの感謝を相手から得られないと、裏切られたような気分になりがちである。
無意識に相手からの見返りを期待し、それが得られないと勝手に傷ついて、相手を悪く思ってしまうという経験を何度も繰り返すと、人と関わることを避けるようになる。そうして人に対する「無関心」が助長され、「優しい人」を「優しくない人」に変えてしまう。
「情けは人の為ならず」という言葉がある。人に親切にすることが、巡りめぐって自分の利益につながるという意味だ。この言葉は、人に優しくすることの本質を示している。
旧5000円札の肖像画で知られる教育者で思想家の新渡戸稲造は、著書『一日一言』の中で「施せし情けは人の為ならず 己(おの)がこころの慰めと知れ 我れ人にかけし恵は忘れども 人の恩をば長く忘るな」と記している。現代語に訳すと「情けをかけるのは、人のためではない。ただ自分が満足できれば、それだけでいいと知っておこう。人にかけた情けは忘れても、自分がかけられた情けは、ずっと忘れないようにしよう」という意味になる。つまり、親切は自分に還ってくるのだから、人に見返りを求めるのではなく、自分が満足するだけにしておこうということだ。
著者は精神科医として、新渡戸稲造の考え方は科学的にも正しい視点だと考えている。
人間の心理には「返報性の法則」と呼ばれる原理がある。これは、相手から優しくされたり親切にされたりすると、それに「お返しをしたい」と感じる心理のことだ。一方、返報性の法則はマイナスに作用することもある。相手に嫌なことをされると、「仕返しをしたい」「復讐したい」という気持ちが生まれる。
周囲に優しく接している人にいいことが起きるのは、当然の結果だと言えよう。
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