本書の題名にもなっている「エバンジェリスト」とは、一般的にはここ数年、IT業界で浸透してきている職種の一つで、最新技術を伝える役割を担うものだ。
特に本書ではエバンジェリストのことを「新しい価値観を伝えるひと」と定義している。その手法は広報でもなく、広告塔でもなく、営業でもPRでもない。もちろんそういった活動をすることもあるが、エバンジェリストの主な仕事はプレゼンやデモを行うことだ。製品の価格やスペックといった機能面の魅力だけでなく、その製品を使うことで実現できる新しい世界観、そして企業の熱い思いを伝えていくのである。
エバンジェリストは、企業に属していながらもインディペンデントな存在である、という点もユニークだ。たとえばiPhoneを使ってマイクロソフトの製品をプレゼンしても良い。IT業界全体の発展をめざし、競合他社批判ではなく比較を行う。こうした中立的なポジションからの発言が、企業にとっても結局は得だからだ。
より的確な比較、自社製品の良さを伝えるためには、エンジニアの素地が必要であり、著者・西脇氏自身もエンジニア出身であるだけでなく、実際にIT業界のエバンジェリストはエンジニア出身者が多い。
また、まだ発展途上の新しいポジション故に、企業内での評価基準を自ら作り出していく気概も必要だ。西脇氏はセミナー開催回数や参加オーディエンス数などに加え、満足度や自身を指名してくれる割合、そしてエグゼクティブ層へのアプローチ回数などで存在価値を作り出している。
著者である西脇氏は現在、日本マイクロソフトのエバンジェリストとして第一線で活躍している。同社の業務執行役員でもある。彼のキャリアは1980年代後半、汎用コンピューター(メインフレーム)が主体だった時代にプログラマーとしてスタートした。その後、システムエンジニア、プリセールスエンジニアと、その業界ではごく当たり前のキャリアパスを歩んでいく。
契機が訪れたのはインターネットの大波が押し寄せた1995年のことだ。「これからはインターネットの時代になる」と確信した西脇氏は勤めていた最初の会社を辞め、2つのインターネットサービスプロバイダ(ISP)を立ち上げた。インターネットの勉強をしていたことに加え、オープンシステム(メーカーを飛び越えてシステムが連携すること)に合わせたネットワークの構築に強みを持っていた彼は、インターネットに詳しかったのだ。このインターネットという新たな技術を先取りし、その魅力を伝えて世の中を変えていく活動が、彼の「エバンジェリスト」としての萌芽となる。
インターネットに関係する仕事について、自分の幅を広げたいという思いを胸に、新たなステージへの挑戦をめざした西脇氏は日本オラクルでマーケティング職に就く。
日本オラクルで担当したのはミドルウェアと呼ばれているもので、当時は無名の製品と言ってよかった。この製品を売るためには、その価値を説明する必要がある。そのために、西脇氏は徹底的に製品を知り尽くすべく努力したという。そうすることでゆるぎない自信が生まれ、その自信が製品への愛着につながり、「伝えたい」思いが湧いてくる。これこそが「新しい価値を伝える」エバンジェリストとしての最初の経験だったという。結局、この努力は担当製品がトップシェアとなることで実を結んだ。
エバンジェリストとしての経験値を上げ、幅を広げたいと望む西脇氏が次のステージとして選んだのは日本マイクロソフトだった。
3,400冊以上の要約が楽しめる