私たちの内面は「感情」「理性」「想い」の三つに分けることができる。「感情」と「理性」は揺れ動く心の領域にある。一方、本当の「想い」は魂の領域にあり、一貫性があって不動のものである。
たとえば、火事が発生し、家の中に取り残された子どもを助けようと、お母さんが燃えさかる家に飛び込んだとする。このときのお母さんの感情は「恐ろしい!」、理性は「自分が死んでしまうかもしれないから、やめるべきだ!」であろう。しかし、それでも火の中に飛び込んだお母さんの行動を引き起こしたのは、「自分の命に代えても子どもを助けたい!」という、魂から生まれた本当の「想い」である。
「何かを伝えたい」というとき、その何かとは本当の「想い」である。しかし、感情や理性が先に伝わったために、肝心の本当の「想い」が伝わらなくなることがよくある。また、多くの人は、本当の「想い」と理性を区別しておらず、崇高な本当の「想い」があるのだが、マイナスの理性が働いて、「そんなことできるわけないよ」と考えがちである。しかし、本当の「想い」は誰の中にも必ずあるもので、簡単に変わってしまうものではない。
話し方の本を読んだり、セミナーに通ったりしてノウハウや技術を学んだのに、伝わらなくて困っている人が多いのはなぜだろう。それは多くの場合、最終的には感情を理性で抑えて話す方法だけを教えているからである。理性だけを使って話しても、言葉が届くだけであって、本当の「想い」は届かないのだ。
ある高校の卒業式で、ひとりのお母さんが感謝の言葉をスピーチすることになり、たったひとりの息子に宛てた手紙を読んだ。けっして流暢なスピーチではなかったが、お母さんの愛情が素直にこめられた言葉に、保護者も先生も生徒も、自然と涙を流して聞き入ったのだ。お母さんのスピーチは息子に対する「想い」にあふれていた。そしてそれは、今日卒業を迎える子どもたちの親全員の本当の「想い」でもあった。だから人々に伝わったのである。
「想い」を伝える勇気をもとう。相手に媚びる必要はない。自分の信念を曲げないまま、必ず相手に伝えられる。そして、相手の本当の「想い」を知ろうとしよう。相手が投げたボールを、あなたの心の扉を開いて受け取ろう。
そのためには、言葉にもともとあるパワーを使いこなす必要がある。あなた自身が言葉の背景にある本質を理解し、響く言葉を発することができれば、難しい場面であっても、いや、困難な場面でこそ、自分の本当の「想い」を相手に伝えることができる。そうすれば、人間関係も、あなたを取り巻く環境も、そしてあなた自身も変わる。
つい感情的な言葉を発してしまい、相手も負けじと感情的に返してきた結果、ドロ沼に陥ったことや、理性を使って論理的に伝えようとしたら、相手が怒ってしまったことはないだろうか。これらは、感情や理性の働きが、本当の「想い」が伝わるじゃまをしている状態である。
感情も理性も、あくまでも一時的なものであり、状況しだいでコロコロ変わるものである。腹が立っていたのに、何かのきっかけで一瞬でスッとおさまることがある。それを意図的に行うこと、それが「心のお掃除」である。
マイナスの感情や理性があることをいさぎよく認め、言葉にして出してしまうこと、これが「心のお掃除」の基本的な方法だ。感情や理性を抑え込むのではなく、出てくるたびにお掃除すればよい。
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