「聞く」と「聴く」には違いがある。「聞く」の「聞」の由来は、門の外で門に耳を当て、中の様子をうかがっているさまである。これに対し、「聴く」の場合は下もとの字は「聽」であるため、「耳を王様にして十四(脳を表す)の心をもって、心の声まできくこと」という解釈がある。すなわち、「聞く」に対して「聴く」は深奥まで聴くことを表しているといえる。本書が語ろうとしているのは「聴く」力についてである。
現代においていかに「聴く」ことが求められているか、その例の一つを挙げよう。
著者の祖母が経営している漢方薬局は、多くの街の薬局が経営難に陥っている現在でも、患者に根強い人気がある。著者は、人気の理由は的確な薬の調合だけにあるのだけでなく、症状や病気への不安、家族や職場等の人間関係の軋轢など、さまざまな悩みを聴いてもらえる薬局であるためだと考えている。お客さんは単に薬を買いに来ているのではなく、話をしに来て、話を聴いてもらうことそれ自体によっても癒されているのである。
病に苦しんでいる人を癒すのは薬などの治療だけにとどまらない。苦悩する人の話に耳を傾けること自体にも苦しみを癒す効果がある。そのように近年では、医療の現場でも「聴く」ことの力が認められてきている。
4つの苦痛とは「身体的な苦しみ」、すなわち胃の痛みやめまい、不眠等の身体症状、「精神的な苦しみ」、すなわち不安や孤独感、うつ状態、いらだち、恐れなど、「社会的な痛み」、すなわち経済的な困窮や人間関係や家族関係の悩み、「スピリチュアルペイン」、すなわち存在が揺らぐことによって起きる苦しみである。この4つは互いに絡み合ったものになっていることも多いが、援助者がそれを整理し分析してやることで苦痛の根本原因を発見できたり、苦痛が緩和されたりすることも多い。
4つの中でも「スピリチュアルペイン」が最も重要である。「スピリチュアル」は“宗教的”な意味も含むものの必ずしも同じ意味ではなく、生きている意味や目的について深く関わるという側面を持つ。たとえば、膝をすりむいたくらいでは「スピリチュアルペイン」は生じないが、重大な事故に遭い肢体不自由となった場合には、「自分の生きている意味は何だろうか」などと考え、「存在の揺らぎ」が生じるためスピリチュアルペインが生じる場合もある。
病気や老いなどによる終末期においては、人生の残り時間が少ないことを自覚するため、スピリチュアルペインが現れることが特に多い。体力が弱れば、次第に歩けなくなり立てなくなり、最期には水を飲み込むことすらできずにむせるようになる。このような状態になると「私はなぜ生きているのか」と考えるようになりどうしても存在の揺らぎが起きてしまうが、周囲の人々の「傾聴」により人間関係を強めることで、弱った存在を補完していくことが出来る。
スピリチュアルペインとは、自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛であり、「時間存在(将来の時間)」「関係存在(他社との関係)」「自律存在(自立と生産性)」から成り立つ。終末期にはそのどれもが一度揺らぐものであるが、支援者は「関係存在」「自律存在」を下支えすることで、必然的に終末期に弱まる「時間存在」の低下による影響を和らげなければならないのである。
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