本書は三十代から四十代のリーダーや経営者が決断をするに当たり、その背中をひと押しするようなひと言を、そして二十代の未来のリーダー候補に将来リーダーとなった後も迷ったときのバイブルに、と考えてまとめられた著者である植田兼司流の「決断の流儀」だ。
植田氏は25年間東京海上に勤めたあと、米系投資ファンドであるリップルウッドに転職する。リップルウッドにおけるプライベート・エクイティ・ファンド投資の仕事は、まず投資する企業を探し出し、売り手とのきびしい買収交渉を経て、最終契約書締結に至る。買収後には経営陣とともに数年間かけて投資先のバリューを上げていく経営改善のプロセスがあり、最後に投資した会社を高い価格で売却するエグジットが必須となる。
このようにさまざまなプロセスにある会社を何社もフォローし、辛抱強くディールをまとめて企業価値を上げていくわけだが、その過程では、交渉相手や投資先の経営者など多くの人が不満を爆発させたり、泣きついたりしてくる。植田氏は、この状況を「百人を超えるであろう関係者の悩みを両ポケットいっぱいに詰め込んで、残尿感いっぱいに全力疾走している感じ」と表現している。
こうした経験を踏まえ、植田氏がリーダーに求めることは、「粘る力」(不屈の精神)と「割り切る技術」(冷静な観察眼と勇気)の2つであるという。
本書にはこれらを基本として、「決断」を取り巻くリスクコントロールや課題解決、人間関係構築など様々な重要ファクターについて植田氏からのメッセージが記されている。
ビジネスの要諦は「相手(お客さま)がどう考えるか」を的確にとらえ、優位に交渉を進めて取引を完成させ、チャリンとお金をいただくことだ。自分がどう考えるかではなく、相手がどのように考えて何を求めているかを把握することが、的確な決断の基本になる。
日本では、会社を売るということはまだネガティブな意味合いにとらえられているため、買収する側としては、会社を売る相手の決断を導くまでには相当の時間と労力を要する。強気になったり、弱気になったりと揺れ動く売り手の心理を的確に把握しながら、適切なタイミングで連絡をとって、「この人、この会社に売りたい」という気持ちに導けば、あとは期待を大きく裏切らない条件を出すだけでディールはぐっと近づくのである。
リップルウッド時代に、ある自動車部品会社の買収に取り組んでいたとき、植田氏は何度もその会社のオーナー・ファミリーのもとに通い、気持ちを完全につかんでいた。その社長が売却を決断したとき、親会社から「ハゲタカに売却しても良いのか」と疑念を投げかけられたそうだが、その社長は押し切って決断してくれたそうだ。まさに常に相手の目線に立って冷静に判断することが導いた決断だと言えよう。
東京海上時代の上司から「悩んで一生懸命にやったときに失敗はない。ミスは何も考えずにやったときに起きるものだ」と言われた植田氏は、その後「AかBか悩み抜いての決断はどちらも正解」ということが分かってきたという。
リーダーに求められることは、あらゆる選択肢を悩んで悩み抜くことだ。そうすれば、最後に何を選んでも間違いではなく、これでよかったのかとそれ以上悩む必要は全くない。むしろ「こちらを選択するのが当然」と、すっと選択したときにミスが起きることを肝に銘じるべきだ。
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