本書では、まず今野氏がこれまでに受けてきた相談に基づく、ブラック企業の実態がいくつかの実例をもとに紹介されている。ここではそのひとつである、IT企業Y社の例を紹介しよう。
Y社は1000人近い社員を擁する都内のITコンサルティング会社である。ただし、コンサルティング業務は事業全体の1割程度であり、その多くは顧客に従業員を派遣してIT関連の下請け業務を行う派遣業であるというのが実態である。Y社はホームページによると、資本金1億円、売上90億円。IT業界の中では成長企業として知られている。
今野氏はこれまで、Y社に勤める複数の社員から相談を受けたという。これから紹介する2者は08年4月入社の新卒社員である。まずAさんは、サーバールームで勤務中に歌を歌っていたことを理由に派遣先を解約され、その後は「カウンセリング」と称する上司からの退職強要を受けていたそうだ。Y社のようなコンサルティング業界では、派遣先が見つからない状態を「アベイラブル」と呼び、アベイラブル状態の従業員は「コスト」と認識される。つまり、「他社に派遣されて収益を生むべきであるにもかかわらず、利益を全く上げずにいるため、コストである」というネガティブな解釈をされるのだ。Aさんは毎日2時間以上も上司から拘束されては叱責を受けた。「お前は信用されていない」「人間として根本的におかしいから、感謝の気持ちから考える必要がある」「コンプレックス、自分史を書いてこい」「リボーン(生まれ変わり)させたい」というのが担当した上司の言葉だったという。そうした中で、Aさんは「自分はダメなもの」という意識を持ち始め、カウンセリングが始まった同月内に自己都合退職に至った。
次にBさんの事例を紹介しよう。Bさんは、社長アシスタントという、要は社長の雑用係についた。Bさんはその2週間後、「仕事が遅いのは見た目を気にしているからであり、コンサルタントで採用されたことを引きずっている」との理由で、グレー無地のスウェットでの通勤・勤務を命じられる。就業時間外であっても呼ばれればすぐに社長や副社長のもとに向かい、ペットの散歩などの雑務をこなさなければならなかった。「気がつかえない。おもしろくない」と叱責され、なぜ面白くないのかを数時間にわたって問い詰められたという。同僚の目から見ても明らかなほどに痩せて顔色が悪かったらしく、Bさんは配属から3か月後に自己都合で退職した。
このようにして、Y社の08年新卒は2年間におよそ半数が退職したのだという。Y社はとにかく「自分が悪い」という状況を作り出す。人事部執行役員による入社式でも、「お前たちはクズだ。その理由は、現時点で会社に利益をもたらすヤツが一人もいないからだ。赤字は悪だ。お前たちは先輩社員が稼いで来た利益を横取りするクズだ」という挨拶がなされ、その後の研修でも徹底的に「コスト=悪」という価値観を叩き込まれていく。Y社はとにかく大量採用を行い、優秀な人材のみを残し、あとは大量解雇するという選別を行っているのである。
以上が本書でブラック企業として紹介されているY社の実態である。本書の第1章においては、上記のY社に加え衣料品販売店X社の事例が紹介されているが、こちらもブラック企業で働いたことがない人からすれば驚きの内容だ。本書の第2章では「若者を死に至らしめるブラック企業」という題目のもと、複数社の実例が紹介されている(なんと社名も明らかになっている)。ブラック企業の実態をさらに覗いてみたいという方は、是非本書をご覧いただきたい。
ブラック企業の指標は何といっても大量採用・大量解雇の実態にある。ブラック企業はこれまで見てきたように新卒をある種の交換可能な「物品」のように扱う。社員は精神疾患をきたし、その後のキャリアは破壊されてしまう。第3章では今野氏はブラック企業の8つのパターンを解説している。ここではそのいくつかを紹介したい。
まず一つ目は、「月収を誇張する裏ワザ」を使う企業である。
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