何か新しいものを創造する、と聞くと、多くの人は、それは一部の天才によって奇跡的になされるもので、普通の人には不可能なことだと考えるかもしれない。モーツァルトは、短い生涯の中で後世に残る名曲を多数生み出したことから、次から次へと苦も無く曲が浮かんでくる天才だったと思われがちである。しかし実際に彼が家族や友人に宛てた手紙を検証すると、彼の創作プロセスは、音楽理論をとことん考え抜き、ピアノかチェンバロを弾きながら何度も書き直した結果であり、地道な作業によるものだった。
素晴らしい創造は天才の奇跡によってもたらされると考えるほうが、普通の人間の試行錯誤の末に生まれたと考えるより魅力的なため、前者のような「創造の神話」は未だに多くの信仰を集めている。本書では、この神話が誤りであり、「創造」は誰にでもできる地道な努力の結果であることを明らかにする。
かつ て金と銀と同じくらい貴重なものとされていたバニラは、非常に栽培が難しく、原産地であるメキシコからヨーロッパへ持ち込まれて以降300年もの間、花をつけることがなかった。ようやく花が咲いても、今度は野生環境のように実を結ばないことが新たな課題となった。
19世紀初頭から 、 インド洋のレユニオン島でも、フランスの入植者が栽培に挑戦していたが、そこでもバニラはほかの地域と同様に実をつけていなかった。が、当時12歳の少年奴隷エドモンがこの状況を打開した。彼は、バニラの花の中で自家受粉をできなくさせている部位を竹の爪楊枝のようなもので押し上げ、指で雄しべと雌しべをくっつけるという手法を見つけたのだ。この、今でもフランス語で「エドモンの動作」と呼ばれる手法は、レユニオン島の西に位置するマダガスカルにも広まり、20世紀までに世界のバニラ生産の大半を支える ことになった。
エドモンのイノベーションは巨大な経済効果をもたらしたが、イノベーションが生まれるまでの過程 に特別めずらしいことがあったわけではない。 エドモンは、雇用主との日々の散歩を通じて、植物が受粉によって子孫を残すという知識と人工授粉の方法を学んでおり 、
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