国宝消滅
国宝消滅
イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機
国宝消滅
出版社
東洋経済新報社
出版日
2016年02月19日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

国宝に指定されているお寺なのに、外観も内装もボロボロで修理がなされていない。建造物についての簡素な説明が展示されているだけで、その建造物での暮らしが、観光客には伝わらない。そして、サービスへのクレームを回避するかのように、文化財の入場料を最低限に設定する。これらは、日本の文化財が陥っている窮地の現状だ。

これまでも著者は、「山本七平賞」を受賞した『新・観光立国論』にて、日本を観光大国にするための斬新な提案を行ってきた。本書では、「改革まったなし」といえる文化財の課題にスポットライトをあてる。そして、ポテンシャルが埋もれたままの文化財を、観光資源に生まれ変わらせるための提言を述べていく。具体的には、建築偏重の弊害や、文化財業界の意識改革、職人文化の崩壊といった問題をあぶり出し、旧態依然とした文化行政を一刀両断にする。もちろん、一方的な批判ではない。日本の文化財と真正面から向き合ってきた著者の、日本文化に対する底知れぬ愛情が感じとれる一冊だ。

読み進めるにつれ、文化財に関するサービスの創意工夫が、どれだけ経済活性化や日本文化の継承に寄与するかが、手にとるようにわかるだろう。同時に、著者の多角的な分析と鋭い舌鋒により、文化財行政の現状について、大いに興味がかき立てられるはずだ。いつか確実に「審判の日」はやってくる。果たして日本は文化財を活かした観光立国へと生まれ変わることができるのだろうか。

ライター画像
松尾美里

著者

デービッド・アトキンソン
David Atkinson
小西美術工藝社社長。元ゴールドマン・サックス金融調査室長。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年、イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集める。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。同社での活動中、1999年に裏千家に入門。日本の伝統文化に親しみ、2006年には茶名「宗真」を拝受する。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社、取締役に就任。2010年に代表取締役会長、2011年に同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ、旧習の縮図である伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。
著書にベストセラー『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』(山本七平賞受賞、東洋経済新報社)、『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』(講談社+α新書)などがある。

本書の要点

  • 要点
    1
    これまでの行政の根幹には、「優れたものを選定し、補助金(税金)を投入して手厚く守る」という考えがあり、芸術や文化の発展を阻害してきた。日本の観光業を50兆円以上の産業へと成長させ、観光立国となるためには、文化財を観光資源として活用することが肝となる。
  • 要点
    2
    文化財は、伝統文化の理解を促すという役割を担っている。日本人がどのように文化を培ってきたのかを観光客が「体感」できる、開かれた場へと生まれ変わる必要がある。

要約

なぜ今、「文化財の大転換」が必要なのか

観光立国をめざすための秘策

人口減少が著しく、GDPの大きな伸びを期待できない日本において、社会保障費をどう捻出するかは喫緊の課題である。日本経済を立て直すために、著者は観光立国をめざすべきだと提言している。現在、日本のGDPに観光業が占める割合は約3%にすぎない。そこで、世界的には第4の基幹産業となっている観光業に力を入れ、外国人観光客という「短期移民」を募ることにより、日本の観光業は50兆円以上の産業へと成長することができると目されている。

その観光業を構成する重要な柱が「文化財」だ。人口減少により、寺社仏閣の維持に欠かせない「氏子」や「檀家」、そして国内観光客の数が急激に減少する今、日本各地の文化財は「一生に一度行けばよい」という観光地から、リピーターを生み出す魅力的な観光資源へと転換することを余儀なくされている。

これまで、文化財関係者の大多数には、「稼ぐ」「売る」「PRする」という発想が根づいてこなかった。また、行政の根幹には、「優れたものを選定し、補助金(税金)を投入して手厚く守る」という考えがあり、これが芸術や文化の発展をむしろ阻害してきたのだ。

文化財を観光資源化することで得られる4つの効果
Razvan/iStock/Thinkstock

こうした行政の方針を見直し、文化財の業界を産業化することで、次の4つの効果が期待できる。1つ目の効果は、文化財を観光資源として整備することで、観光立国の実現を果たし、社会保障制度を支える屋台骨を築けるという点だ。2つ目の効果は、手厚すぎる保護行政を調整することで、観光客の満足度を上げ、観光客から文化財維持費を得られるという点である。3つ目の効果は、日本文化の伝承を担う教育施設へと文化財を進化させることで、人々が日本古来の歴史や習慣、美意識を身近に学ぶことを可能にするという点だ。最後に4つ目の効果は、文化財の修理の現場を増やすことで、伝統技術の継承に寄与するという点である。

日本には北から南まで、多種多様な建造物や地域の特色が息づいた伝統が残っており、これらは観光資源としてのポテンシャルを大いに秘めている。文化・文化財を「収入源」とみなす意識を日本人が持つようになれば、文化的な衰退を食い止め、日本の街並みを守ることにもつながるだろう。

上記のことからも、日本の文化財行政に「国際観光戦略」という視点を盛り込むという大転換が急務だといえる。

【必読ポイント!】 「日本文化離れ」を食い止める方法

家庭や日常生活から消えゆく日本文化
deeepblue/iStock/Thinkstock

文化財は、観光資源としてはもちろん、

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要約公開日 2016.07.06
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