ホンダの社員は、つねに互いを支えあって日々の職務を果たしている。一人ひとりの意見や提案は平等に扱われ、役職や地位を判断基準にすることは許されない。全員が作業服を着ているのは、全員が平等な立場にいるというメッセージだ。
そのホンダを象徴するような企業文化が「ワイガヤ」と呼ばれる話し合いである。これは、多くの人が同時にワイワイガヤガヤと話し合うことに由来する造語で、議論が白熱してアイデアが自由に出てくる様子や、意見がぶつかり合うなかで意思決定がなされる様子をあらわしている。
ホンダの創業者である本田宗一郎は常々、ものまねより独自性を重んじろと主張しており、ワイガヤもその考えから生まれた。ワイガヤには4つの基本的なルールが定められている。(1)ワイガヤでは全員が平等であり、悪いアイデアは存在しない。(2)すべてのアイデアについて、有効性が証明されるか完全に無効とわかるまで徹底的に議論する。(3)共有されたアイデアは発言者のものではなくホンダのモノになり、グループはそのアイデアを好きなときに使えるようになる。(4)ワイガヤの最後には意思決定がなされ、責任が生まれる。
営業、マーケティング、製造、保守部門にいたるまで、あらゆるところでこのワイガヤは行われている。1分程度で終わる時もあれば、1時間以上議論が続く時もあるという。このような習慣は、その他の企業や評論家たちにとって、奇妙に映るに違いない。生産性を無視しているように思えるし、成果につなげるために必要な強力なリーダーシップが欠けているように見えるからだ。
しかしこのワイガヤこそが、ホンダの創造性を大きく支えている。なぜなら、毎日何気なくワイガヤを行うことで、遠慮や見栄のない意見が自然と出てくるようになり、結果として画期的なアイデアが生まれてくるからである。
「労働者への権限委譲」か「生産性重視」、「多国間管理」か「現地の自治」、「ロボット」か「人手」――組織というものは常にこのようなパラドックスに悩まされているものだ。それにもかかわらず、ほとんどの企業はこういったパラドックスに対して、きちんと向き合うことを嫌う。矛盾する可能性を検討しはじめると、きりがないからである。
一方、ホンダにとって、このようなパラドックスに向き合うことは、恐怖であると同時にチャンスでもあるとされている。現状をつねに見直し、新たな方法で課題に対処する機会を提供してくれるものとしてパラドックスをとらえているからだ。そのような姿勢からは、あらゆる失敗は役に立ち、旧来の知恵はかならず疑ってみるべきだというホンダの哲学が垣間見える。
最高の戦略とは常に流動的であり、口に出した途端に古びてしまうからこそ、根気強く再評価を続けていかなければ、価値を維持することはできない。だからこそ、ホンダはあらゆるパラドックスを歓迎するのである。
ホンダはイノベーションに対する方針を明文化していない。
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