スウェーデンの自動車メーカー、ボルボの「シーベルトの物語」は、シンボリック・ストーリーの好例である。
格段に安全性を高めた「3点式シートベルト」の生みの親であるボルボのエンジニアは、安全技術が普及するように、特許を無償公開した。特許公開によって、100万人以上の人々の命が救われたといわれている。この物語が人々の共感を呼び、「技術によって安全性をどこまでも追求する企業」として、ボルボは一躍、有名になった。さらには、自動ブレーキの全車装備などを他社に先駆けて発表し、競合と一線を画していったのだ。
このように、シートベルトの物語は、社会全体の安全への姿勢と、革新的な技術力、それらによって先進的な車をつくるという、ボルボの強みの象徴となった。
シンボリック・ストーリーとは、企業が持つ強みを象徴する物語であり、その独自性により、「他とは違う価値」を持たせる力を持つ。重要なのは、こうした物語が、企業のとる戦略の方向性に合致していることだ。シンボリック・ストーリーの条件は、漠然とした伝説とは違い、その企業の戦略上の強みを端的に発信していることである。逆に、企業らしさから逸脱した物語を広めようとしても、むしろ失敗につながりかねない。
もう一つ肝心な条件は、その物語が、簡潔に「人に話したくなる」内容になっていることである。つまり、シンボリック・ストーリーとは、①企業の強みを象徴している、②企業の戦略方針に合致している、③思わず人に話したくなるという3つの要件を満たす物語なのだ。
なぜ今、シンボリック・ストーリーを使った戦い方が重要なのか。それは、「個人のメディア化」と「ビジネスモデルの同質化」という競争環境の2つの変化によるものだ。
まず、スマートフォンの急速な普及により、個人が瞬時に情報を入手、発信できるようになったことで、いまや個人の生活体験のすべてがコンテンツになっている。また、友人からの情報やレビューの信用度が高まる昨今、一顧客の体験談と同様に、企業に関する物語も拡散力を持ち始めた。つまり、おもしろい物語であれば拡散、蓄積されていくため、物語力のある企業がより際立った存在感を放てるようになったのだ。
そうはいうものの、他社の追随を許さないビジネスモデルを見つけるのは容易ではない。そのうえ、業界のリーダー企業は、チャレンジャー企業の新たな挑戦に対し、同じ戦い方をとってビジネスモデルの同質化を図り、チャレンジャーをつぶしにかかってくる。ビジネスモデルの情報がオープンになりやすい環境下では、競合企業による模倣は容易になる。しかし、物語は他者から買収することも盗用することもできない。つまり、ビジネスモデルの同質化というリスクに対抗する重要な経営資源になりえるのだ。
著者たちによると、ビジネスモデルとは、①顧客に提供する価値、②競争優位性の持続、③儲けの仕組みという3つの戦略要素の組み合わせだと定義される。一方、シンボリック・ストーリーとは、この各要素の独自性を高め、戦略を強化する役割を果たす。
現在、多くの企業が「強みはあるのに社内外にその価値が伝わらない」という悩みを抱えている。しかし、物語として伝わらない強みなら、それを起点にした戦略の方向性自体に問題があると考えられる。
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