終身雇用、年功序列、頻繁な人事異動といった日本企業の伝統的な人事管理法は、戦後の高度経済成長期を中心として、長年にわたりよく機能してきた。その特徴は、社員の採用に際し特定の経験や技術よりも性格や態度、素行が重視されることが挙げられる。どんな仕事を割り当てられてもこなせるだけの潜在能力が求められるからだ。社員は個人の趣味や才能によって仕事の割り当てを考慮されるのではなく、将来のキャリアパスは会社任せとなる。社員は自身の仕事量を調整できず、残業や遠方への赴任に対する拒否権を持たない。社員は企業に服従する代償として雇用が保障されるシステムである。
しかし1990年代に経済成長が衰え、さらにバブル経済崩壊と、その後の長い不況により、多くの企業では人件費の維持が困難となった。人件費削減のため多くの企業が、早期退職制度の導入や非正規雇用を進めた。業績にもとづく賃金制度を導入する企業も増えた。だが、それらは雇用に不安定さと競争を持ち込むばかりで、米国のような流動性ある労働環境の整備は進んでいない。従来の人事管理慣行の一部のみを変更したため、全体的な整合性が損なわれた、中途半端な人事管理システムと言える。早期退職する年上の社員をみて、若手社員は職を失うことに怯え、活力を失い、リスクを回避する傾向にある。
また重要なのは、日本企業の人事管理が企業自体にとっても上手く機能していないという事実である。社員が仕事と人生に求める期待にそぐわない管理が原因で、社員のやる気と生産性が低迷しているのである。企業は人材にコストがかかりすぎること懸念して、コスト削減に重点を置く人事管理を行うが、こうした取り組みは人材のポジティブな側面に焦点をあてていることが少ない。やる気、生産性、利益、成長が向上する好循環への変換のためには、人事管理を根本から見直すことが必要となる。社員を置き換え可能な歯車として扱うのではなく、個々のニーズと願望と能力を尊重する新しいアプローチが求められているのである。
社員が自分の仕事についてどのように思っているか測定する手段として注目を集めているのが、社員の「エンゲージメント」というコンセプトである。社員の「エンゲージメント」とは、社員が会社やその目標に対して抱く感情的なコミットメントのことである。エンゲージメントが高い社員は「仕事に対し深い関心をもち、ポジティブな感情をもっている。また離職せずに長く留まる傾向が高く、やる気が高く、顧客との関係を深めて製品やサービス向上の原動力となる」ことが主に米国で注目されている。
エーオンヒューイットのレポートによれば、日本でエンゲージメントレベルが非常に高い社員は8%と、世界平均の22%よりかなり低い。北米は27%で、アジア太平洋地域では21%だ。エクスペディアジャパンの24ヶ国を対象にした調査で、雇用状態に満足している日本の社員は60%で、調査対象国中最下位となった。これらの結果は日本企業が社員を管理する方法に問題があることを示唆している。
また、日本企業の社員の労働生産性にも問題があることが指摘されている。生産性とは、一定のインプットでどれだけのアウトプットが可能かを測定するものだ。実働1時間あたりの国民総生産GDPは、OECDが提供する2013年の数値によると日本人が41.1で、OECD平均の47.4、アメリカ66.6と比べて低い。この数字から考えて、日本人は同じ仕事に多くの社員を割り当てている、時間を生産的効率的に使っていないなどの原因が垣間見える。
なぜ日本企業の社員のエンゲージメントや生産性が、他国と比べてこれほど低いのだろうか。一因として、日本特有の雇用スタイルが挙げられる。
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