ヒラリーが正式に大統領選挙の出馬を表明したのは、2015年4月のことだった。「絶対本命」と言われながらもバラク・オバマに苦杯を喫した2008年の選挙。それ以降、彼女は今度こそ「打ち漏らしはしない」という決死の覚悟で臨んでいる。そんなヒラリーの戦略とは、どのようなものなのか。
著者によるインタビューからうかがい知れるのは、国内・経済問題を重視する姿勢である。将来の雇用がどの分野から生まれるのか、そこで活躍できる人材をどう育てるのかといった課題が、選挙の争点の中心になるというのだ。ヒラリーはファーストレディの時代から一貫して、中間層と呼ばれるアメリカ国民に目線を向けてきた。この「中間層の復活」こそ、ヒラリー政権の至上命題になるといえる。
経済政策について、ヒラリーが示唆するもう一つの重要なことは、ロシアや中国などの新興国家に見られる「国家資本主義」に明確な対立の構えを見せている点である。政府の後ろ盾を持つ国営企業のせいで、優れた多国籍企業が不平等な戦いを強いられていると、ヒラリーは強く批判しているのだ。
ヒラリーがTPPに関して意見を翻していることも注目に値する。国務長官時代のヒラリーは、TPPが公平な貿易に道を開くと、賛意を示していた。ところが、2015年春に一転して「まだ決められない」と慎重な姿勢を見せるようになった。民主党内でTPPへの反対・慎重論が増えていることを踏まえた、大きな方針転換であった。アメリカ人の雇用も生み出さず、賃金を上げることにも寄与しない協定は、彼女の基準を満たしていないというのが、不支持の根拠とされた。ヒラリーの態度の豹変ぶりを、米メディアの一部は非難した。
しかし実際には、TPP反対は国内政治、選挙対策を考えてのものであることが今では明白となっている。貿易赤字や失業問題を想起させるTPPに賛成を示していると、民主党の大統領候補を決める予備選で不利になる可能性があった。ヒラリー選挙対策本部の関係筋によると、ヒラリーは選挙戦術の一環としてTPPに反対を表明しているだけにすぎず、当選後には「支持」に転じるという見方が濃厚だ。
ここからは、ヒラリーの外交哲学や安全保障政策観を解説していく。ヒラリーはアメリカの外交の司令塔である国務長官時代、外交誌の論文「米国の太平洋の世紀」にてアメリカのアジア・太平洋における方針を示した。その方針とは、中国の軍事的な台頭を睨み、「親中派」が主要だった伝統的な対中政策を離れて、アジアでの「前方展開外交(Forward Deployed Diplomacy)」に舵を切るというものだ。この論文の随所に、日米同盟重視、対中警戒の構えが見られた。中でも着目すべき点は「旋回点(Pivot Point)」という表現である。ここには、テロとの戦いを皮切りに欧州やロシア、中東にばかり向けてきた矛先を、抜本的にアジアに移すという意味が込められていた。
実のところヒラリーは、政治、経済、軍事的に興隆するアジア・太平洋地域といかに折り合っていくかという課題をこれまでも重視していた。国務長官に就任するとすぐに最初の外遊地としてアジアを選び、日本・韓国・中国・インドネシアを訪問したのも、「アメリカはアジアを見捨てない」という戦略的メッセージを発するためである。
中国などの新興大国が存在感を増す現在、アメリカを中核とする複数の同盟ネットワークである「ハブ&スポーク」という関係だけでは、もはや新しい安全保障環境に対応できないという危機感が、アメリカ内に広まっている。
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