「携帯電話の使用はご遠慮ください。」誰でも電車の中でこんなアナウンスを聞いたことがあるだろう。しかしこのアナウンスを聞いて、高齢者なら携帯電話での通話を禁ずる案内と思うかもしれない。高校生ならメールやゲームの使用をも意味するものだと受け止めるかもしれない。聞き手の年代によって解釈が違ってくるのである。
路線によっては「医療機器の誤作動を防ぐため」と理由を述べて病院同様に携帯電話の電源を切ることを求めるケースもあるようだが、曖昧なアナウンスは依然として多い。
また、あるとき著者がパソコンを使用していたところ、突如エラー・メッセージがあらわれた。そのメッセージの内容は「家庭での使用を目的とした環境外で、ローカル管理者が規定エージェントを回復しようとしています。このまま続行しますか?」という、極めてわかりにくいものだった。
元々の英語を直訳しただけで自然な日本語になっていないのか。またはユーザーの知識レベルを度外視して、専門家に説明するような文章になっているのか、原因は定かではない。
そもそも「説明」とは何を指すのか。日常生活にはさまざまな「説明」があふれている。二人以上で構成される社会には、必ず「説明」が発生する。テレビでアナウンサーが事件を伝えるのも、新規事業内容を記載した企画書も、電話料金の安さを伝えるコマーシャルも「説明」である。
一方で「明日の三時に会議がある」というのは「知らせる」と言うが「説明」とは言わない。国語辞典によれば「知らせる」とは「知るようにする」ことで「説明」とは「相手に分かるように説き明かす」ことだという。つまり「知らせる」と「説明する」の違いは、相手が「知る」のか「分かる」のかの違いそのものだ。この「分かる」にはさまざまな意味があるが、本書では「話し手の意図を正しく理解すること」と定義する。では、「話し手の意図を正しく理解しやすい」とはどのような説明か。著者は「脳の短期記憶領域を通過しやすい説明」と結論づけている。
大脳生理学では、記憶を「短期記憶」と「長期記憶」の2つに分けて考える。短期記憶が処理される領域は、脳に入ってくる情報を一時保管し、その内容を吟味し、意味を確定するための「仕分け場」だ。ここで意味が確定された短期記憶はその後、長期記憶が保存される領域に伝達される。著者は、短期記憶の仕分け場を「脳内関所」、長期記憶が保管される場を「脳内整理棚」と自らの造語で表現している。
つまり「分かる」とは、脳内関所で仕分けられてから、脳内整理棚の一区画に格納されることであり、「分かりやすい」情報とは脳内関所での作業負担が軽く通過しやすい情報のことである。逆に、脳内関所で負荷がかかり、仕分けできないがために脳内整理棚に保管されない情報は「分からない」となる。
「分かりやすく」説明するとは、聞き手の脳内関所でおこなわれるはずの作業を事前に代行処理し、仕分けの作業負担を軽減する一種のサービスと言える。サービスである以上、説明する聞き手は「お客様」と考えるべきである。その認識が分かりやすい説明の第一歩となる。
説明者の意図を確実に伝えるには、まず「概要」や「要点」から先に話すことが大切である。聞き手がこれから伝えられる情報がどのようなテーマか事前に分かっていれば、脳内整理棚の選定作業が容易になるからだ。
例文として、低インシュリン・ダイエットについての説明の冒頭文を挙げる。
3,400冊以上の要約が楽しめる