ある朝、グレゴール・ザムザは目を覚ますと、自分が恐ろしいほど巨大な虫に変わっていることに気がついた。彼の背中は硬い甲羅で覆われ、腹部は弓なりに膨れ上がり、たくさんの細い脚がバタバタと動いていた。
夢ではなかった。いっそもう少し眠り続けて、ばかばかしいことはすべて忘れてしまおうかとも思った。横向きになって眠ろうと何度も寝返りを打とうとしたが、どうしてもごろりと仰向けに戻ってしまった。
グレゴールは旅廻りのセールスマンで、家族の生活を支えるために毎日懸命に働いてきた。毎日の旅、不規則で粗末な食事、打ちとけ合う人のいない人づきあい。経営破綻した両親が店主に借金をしていたのでなければ、とっくに辞職してしまっていただろう。あと5、6年して、両親の借金を返すだけの金を集めたら、店主に思うことを腹の底からぶちまけてやりたい。それがグレゴールの希望であった。
時計に目をやると、すでに電車の時間は過ぎていた。少しの遅刻や欠勤も許さない店主は、グレゴールが予定の電車に乗っていないとすでに報告を受けているだろう。
グレゴールがベッドから出る決意ができずにいると、部屋の外から母親が声をかけてきた。「グレゴール、出かけるんじゃなかったのかい?」と優しく問いかける母親に返事をしようとして、グレゴールは自分の声に驚いた。それはたしかに、彼の以前の声であったが、その下には抑えることのできないぴいぴいいう音が交じっていた。部屋の外では父親や妹のグレーテも、まだ家にいるグレゴールを心配していた。旅の習慣で、寝ている間は部屋に鍵をかけていたから、部屋に入られることはない。ドアを開ける前に、まずは起き上がって服をきて、朝食を取ってからこれからのことを考えようと思った。
その時、勤め先の支配人が自ら、無断欠勤したグレゴールの様子を確認しにやってきた。グレゴールはドア越しに説明しようとするが、その声は他のものには獣の鳴き声のようにしか聞こえなかった。グレゴールが口を使ってなんとかドアの鍵を開けると、巨大な虫と化したグレゴールの姿がさらされた。
母親は驚愕のあまりその場で気絶してしまう。支配人も、何も言わずにその場から逃げ出した。このまま支配人を帰したら自分の地位が危うくなるとわかっていたグレゴールは、支配人を追いかけようとした。ところが、父親が手近にあった杖や新聞を使ってグレゴールを自室に押し返しにかかった。グレゴールの懇願は聞き取ってもられず、父親に「シッシッ」と追い立てられながら、再び自室に戻るしかなかった。
自室に閉じこもったグレゴールを気にかけてくれたのはグレーテだけであった。彼女は毎日、グレゴールに食事を運び、部屋の掃除をしていた。
最初の日の晩、グレーテはミルクを置いていった。グレゴールが好きな飲み物であったからに違いないが、味覚が変わってしまったのか、まったくおいしいと思えなかった。
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