著者は英国の南端にあるブライトンという街に、配偶者と息子と長年住んでいる。配偶者は銀行をリストラされて大型ダンプの運転手に転身したという、「わりと思いきったことをする」アイルランド人。一方著者は単身渡英して結婚し、息子が生まれてから子どものおもしろさに目覚め、英国で保育士になった、こちらも大胆な人である。
息子はすくすくといい子に育ち、カトリックの名門小学校で生徒会長まで務めた。ところが、転機が訪れる。息子が入学した中学校は、彼が卒業した小学校とは真逆といってもいいくらい異なるタイプの場所だったのである。
英国は、公立でも保護者が子どもを通わせる小・中学校を選べる。保護者たちが判断の基準にするのは、Ofsted(英国教育水準局)が公立校に公開を義務付けている情報と、その情報をもとに大手メディアなどが作った学校ランキングだ。当然、人気の高い学校には応募者が殺到する。そのため、定員を超えると、自宅から学校の校門までの距離が近い順に受け入れるというルールがある。
著者の一家は、いわゆる「荒れている地域」に住んでいるのだが、著者夫妻と夫の親族の宗教上、カトリックの小学校を選んだところ、そこがたまたま市の小学校ランキング1位の学校だった。コンサバな家庭は裕福で教育熱心であることに加え、カトリック校は一般に厳格で宿題も多い。したがってカトリック校のランクは自然と高くなるのだ。
中学校もカトリック校に進学するのかな、とぼんやりと考えていた親子のもとへ、近所の中学校から学校見学会の招待状が届いた。そこは「ホワイト・トラッシュ(白い屑)」という差別用語で表現される白人労働者階級の子どもたちが通う中学だ。が、その中学校は、このごろランキングの底辺から真ん中くらいまで急浮上しているのだという。好奇心から、著者と息子は見学会に出かけた。
近所の中学校の見学会は、別の日に訪れたカトリック校の見学会とは何もかも違っていた。ジョークのタイミング重視の校長のスピーチの後は、音楽部の演奏だった。
おびただしい数の中学生が様々な楽器を持って「アップタウン・ファンク」を奏でる。ヴォーカル3人組の個性も動きもバラバラだ。雑多な演奏だが、みんなが楽しそうなので、ふしぎなまとまりを生んでいる。
校内見学をすると、音楽室に至るまでの廊下の左右には、ブリティッシュ・ロックの名盤アルバムのジャケットが、ずらりと貼られていた。そこには、中学校という場所にふさわしからぬ、セックス・ピストルズのジャケットもあった。
息子に「あの学校に行け」とは言わなかったものの、著者は近所の中学校をたいへん気に入ってしまった。近所の中学校では、音楽やダンスなど、子どもが好きなことに力を入れられる環境を整えて思いきりやらせたら、学業成績まで改善したのだという。一方、配偶者は一貫して元底辺中学校への進学には反対だった。そこでは生徒の9割以上が白人の英国人だったので、東洋人の顔をした息子がいじめられることを心配したのだ。
白人労働者階級が通う学校は、レイシズムがひどくて荒れている。そうした噂が一般的になるにつれ、移民の家族は白人労働者が多い地区の学校を避けるようになった。そのため、英国の地方の町では、人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、ないのは底辺校という、「多様性格差」というような状況が生まれている。
近所の学校見学会の帰り、息子もぽつりと「ほとんどみんな白人の子だったね」と口にしていた。が、
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