新型コロナアウトブレイクに隠された生命の事実

ウイルスと共生する世界

未読
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新型コロナアウトブレイクに隠された生命の事実
ウイルスと共生する世界
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ウイルスと共生する世界
出版社
日本実業出版社

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出版日
2021年11月20日
評点
総合
3.5
明瞭性
3.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

本書は、監修者である福岡伸一氏の序文から始まる。「ウイルスとは何か。ウイルスが存在する意味はどこにあるのか。生命科学史上、最大の謎というべきこの問いに対して、本書は、的確・明瞭な答えを与えた画期的な書である」という一節に、本編へ移る前から期待が高まった。読み進めるにつれ、たくさんの発見があった。新型コロナウイルスの大流行によって、「ウイルス」や「ワクチン」という言葉を日常的に使ってきたはずなのに、ウイルスについてここまで知らなかったのかと驚かされるばかりだ。

ウイルスは「非常に小さい」「自己複製せず、宿主の仕組みを利用して複製される」、という基礎的な知識から始まり、ウイルスの具体例を挙げながら「共生」のあり方について詳細に解説されている。比較的新しい考え方とされる「ウイルス圏」という概念や、ヒトの染色体にも含まれ、胎盤の形成の仕組みにも深い関わりがあるレトロウイルスについても言及されている。「ウイルス」というと邪魔者のような気がしてしまうが、人間に害のないウイルスもあれば、益のあるウイルス、進化に深く関わっているウイルスもある。わたしたちはウイルスと「共生」しているのだということを、本書を通じて実感することができた。新型コロナウイルスの影響が続くなか、一歩引いた目線でウイルスについて知ることができる貴重な一冊だ。

ライター画像
河合美緒

著者

フランク・ライアン(Frank Ryan)
進化生物学者、医師。シェフィールド大学で医学を修める。同大動植物学科名誉研究員。英国王立医師会、同医学協会、ロンドン・リンネ協会の会員。著書に、ニューヨーク・タイムズのノンフィクション・ブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれた“Tuberculosis : The Greatest Story Never Told”、“Darwin’s Blind Spot”、『ウイルスX』(角川書店)、『破壊する創造者』(早川書房)などがある。

本書の要点

  • 要点
    1
    細菌は自己複製するのに他者を必要としないが、ウイルスが娘ウイルスを作るためには、宿主を利用する必要がある。これが細胞とウイルスの決定的な違いだ。
  • 要点
    2
    著者は「ウイルスは細胞生命体ではなく、カプシドをコードする遺伝子の共生体である」という定義を提案する。
  • 要点
    3
    宿主の染色体に侵入するレトロウイルスの存在がなければ、胎盤哺乳類は存在しなかった。

要約

ウイルスと細菌の違いとは?

ヒトの進化を支えたウイルス

ウイルスとは何か。細菌と何が違うのか。どちらも多くの感染症の原因であるため、混同されがちである。しかし、これらはまったく異なる存在だ。生物と無生物の間ともよばれる存在であるウイルスは、細菌と比べて定義をするのが難しい。

本書は、ウイルスへの理解を深めるために、ウイルスの定義、感染症を引き起こす仕組みを確認したうえで、ウイルスがヒト宿主との「相互作用」から何を得ているのかについて探る。人類の進化の歴史において、ウイルスは重要な役割を果たしてきた。人類がいかにしてウイルスと共存し、ウイルスから恩恵を受けてきたかも紹介しよう。

風邪を引き起こすライノウイルス
west/gettyimages

細菌とウイルスの最も明確な違いは「大きさ」である。多くのウイルスは細菌よりも、はるかに小さい。風邪を引き起こすライノウイルスは、直径約18〜30 nm(ナノメートル:10億分の1メートル)だ。非常に小さいため、光学顕微鏡で見ることはできず、電子顕微鏡の驚異的な倍率ではじめて可視化できる。ライノウイルスを観察すると、専門用語で「カプシド」と呼ばれる、カットダイアモンドのように多面的な表面が見える。

ヒトに吸い込まれると、ライノウイルスは鼻腔粘膜を覆う繊毛細胞の表面膜で「受容体」に結合する。膜のバリアを破り、細胞の中に侵入すると、その代謝経路をのっとり、「娘ウイルス」の複製工場に変えてしまう。娘ウイルスは鼻と気道に押し出され、新たに細胞の受容体に結合し、侵入を続ける、感染者が咳やくしゃみを介してウイルスを吐き出すと、別のヒトにも感染することになる。

ウイルスの攻撃に対して、ヒトの免疫システムは脅威を認識し、抗体のある粘液を分泌する。しかし、この免疫反応には1〜3週間ほどかかる。最終的にウイルスを死滅させるまでの間に吐き出されたウイルスが他のヒトを感染させる、というサイクルを繰り返す。

大腸菌とノロウイルス

細菌とウイルスの違いは大きさ以外にもある。大腸菌とノロウイルスを比較してみよう。大腸菌は哺乳類の健康な大腸の中で一番多く存在する細菌種だ。大腸菌のほとんどは、ヒトに無害である。細菌は細胞内に核を持たない原核生物で、細胞膜と細胞壁に包まれ、タンパク質抗原を持つ。大腸菌はヒトの腸の無酵素の状態に適応しているが、糞便で体外に排出されてもしばらくは生き延びることができる。この性質が、病原性血清型の大腸菌が食品汚染を起こす原因になりうる。

ノロウイルスは、感染すると嘔吐や下痢を引き起こすウイルスだ。非常に感染力が強く、カテゴリーBの生物兵器に分類されるほどである。ウイルスと宿主の「共生」の関係には、お互いが利益を得るもの、片方にだけ利益があり他方には利益も害も与えないもの、片方が他方に害を与えるものがある。ノロウイルスはもっぱらヒトに害を与える「寄生」の関係だ。

ノロウイルスの直径は、20〜40nmで、大腸菌の100分の1〜50分の1だ。ウイルスは細胞壁を持たず、正二十面体のカプシドでRNAゲノムを保護している。ノロウイルスのゲノムは、コンパクトな直線状のRNA鎖の両端に調節領域がある程度である。大腸菌は、細胞壁内にコイル状になった非常に長い環状DNAゲノムを有している。

細菌は自己複製するために必要なものをすべてもっている。しかし、ウイルスが娘ウイルスを作るために宿主の遺伝的・生化学的特性を利用する必要がある。これが細胞とウイルスの決定的な違いだ。

パンデミックについて

インフルエンザ
Ada daSilva/gettyimages

1918年秋、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの一部で、インフルエンザによるパンデミックが発生した。これは「スペイン風邪」の名前で知られている。当時は、ワクチンも抗ウイルス薬もなく、医療従事者はインフルエンザの原因ウイルスについてほとんど知らなかった。そのため、エピデミック(地域的な感染爆発)を封じこめる対策ができなかった。歴史家によると、「スペイン風邪」は歴史上最も死亡率の高いインフルエンザのエピデミックとされている。世界中で、5億人が感染し、推定2000〜5000万人が亡くなった。季節性のインフルエンザに感染しても、死に至ることはまれである。なぜ、「スペイン風邪」では何千万人もの人が死んだのだろうか。

インフルエンザを引き起こすウイルスは、A型、B型、C型、D型があり、ヒトは、A型とB型のみに感染する。このウイルスの直径は100〜200nmで、ほぼ球形の表面には、数百個のスパイクがある。このスパイクタンパク質の変化は、新型インフルエンザのエピデミックが起こる原因になる。インフルエンザウイルスには、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼの二種類のスパイクタンパクがあり、宿主の標的細胞に吸着・侵入するための役割をする。ヒトの免疫システムはスパイクタンパクを外来抗原と捉え、抗体を産生する。ウイルスが複製する際にスパイクタンパクが変異すると、感染力が強いものができることがある。そのために、新しくインフルエンザのエピデミックが起こるのである。

天然痘がワクチンで根絶されたように、インフルエンザも根絶することができるだろうか。残念ながら、そうはいかないだろう。天然痘はヒトが唯一のウイルス保因者であったから、ヒトから一掃すればよかった。しかし、インフルエンザの自然宿主は世界中の水鳥だ。

COVID-19
peterschreiber.media/gettyimages

コロナウイルスもインフルエンザウイルスも、RNAによってコードされるゲノムを持つ。インフルエンザウイルスのゲノムは比較的単純である一方、コロナウイルスのゲノムはすべてのRNAウイルスの中で最も大きく、最も複雑である。パンデミックインフルエンザは、単一の宿主の中で、2つの異なるウイルス株が組換えを起こすことによって生まれる。コロナウイルスの場合、2つのコロナウイルスの融合で変化することもあるが、単体でもその表面抗原を組換える能力がある。このような驚くべき変化能力と、感染力の高さがあわさることにより、COVID-19はパンデミックを引き起こすような「スーパーウイルス」となった。

中国の武漢で最初に確認された新型コロナウイルスは、発生から数カ月でほぼ10万人に感染した。「グローバルヴィレッジ(地球村)」とよばれる現在の世界では、交通手段の発達によって、遠く離れたところとでも交流がある。ウイルスは着実に世界に広まり、2020年3月にはWHOが、COVID-19はパンデミックであることを認定した。2020年10月中旬までに、世界人口の4分の1を超える人々がコロナウイルスによる何かしらの封鎖下にあった。世界の感染者は今や4000万人に上り、COVID-19のパンデミックを収束させるためのシナリオが求められている。

どうしたらそれを実現できるか。初期段階では、疑わしい症例や接触者の感染を正確に検査する技術が必要だ。それがあれば、感染者の診断、隔離、治療を行うことができるだけでなく、すべての濃厚接触者の追跡と隔離が可能となる。また、集団感染の状況下での感染歴を評価するために、質の高い抗体検査技術も必要である。次に、有効な抗ウイルス薬やワクチンも必要とされる。

COVID‒ 19 については、すでに多くのことがわかり、有効な予防ワクチンの開発が進んだ。2021年初頭には、世界でワクチン接種が開始した。有効な抗ウイルス薬として「レムデシビル」の開発に期待が寄せられている。これは、ウイルスがゲノムを複製するために必要となる酵素を標的にする、抗ウイルス薬候補だ。世界の大手製薬メーカーや有力研究機関は、レムデシビル以外の可能性も含めて、抗ウイルス薬の開発に取り組んでいる。

【必読ポイント】 改めて、ウイルスとは

ウイルスの再定義

ここまで、「ウイルスと細菌との違い」や「ウイルスの働き」を見てきた。著者は、生物学と進化に関する最新の研究を踏まえて、「ウイルスは細胞生命体ではなく、カプシドをコードする遺伝子の共生体である」という新しい定義を提案する。ウイルスをただの化学物質とみなしたり、ウイルスと宿主との関係性を無視したりすることは、ウイルスが複雑な進化の歴史を経て存在しているという事実を見逃している。

ウイルスが宿主ゲノムの中で複製を行うことは、病気の原因となるだけでなく、宿主のゲノムを変化させ、進化の歴史に影響を与える可能性がある。最近の研究では、「ウイルスが無数の宿主と相互作用する連帯結、「ウイルス圏(Virosphere)」を構成し、生命が存在するすべての環境にまたがっていることがわかってきた。ウイルスが最も豊富に存在する生物体であることがわかったのも、ごく最近のことだ。地球上の生物は、ウイルスと果てしなく深く共生し、進化を共にしている。これは、ヒトも同様である。

人類の進化に深く関わった「レトロウイルス」
magicmine/gettyimages

次は、人類の進化に非常に密接に関わってきたウイルスを紹介する。レトロウイルスだ。レトロウイルスは、逆転写酵素を持つRNAウイルスで、RNAゲノムをDNAに変換することができる。標的細胞は、免疫応答に関与する細胞である。エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)もレトロウイルスであり、Tリンパ球を標的細胞とする。

レトロウイルスは、RNAゲノムをDNAに変換し、標的細胞の染色体に挿入する。挿入されたレトロウイルスのゲノムは宿主の標的細胞のゲノム内で、娘ウイルスをコードする「プロウイルス」として機能する。哺乳類ゲノムのレトロウイルスを観察すると、膨大な数のプロウイルスが染色体に挿入されていることがわかる。挿入されたウイルスは「内因性レトロウイルス(ERV)」と呼ばれる。

2000年、2つの研究グループがヒト内因性プロウイルスであるERVWE1内の遺伝子が、胎盤形成に必須であることを発見した。現在、ヒトの生殖に重要な役割を持つ内因性レトロウイルスは、少なくとも12種類あることがわかっており、そのうち少なくとも5つが胎盤形成に関与している。

ヒトの胎盤形成とレトロウイルスの関係について調査が進むに連れて、研究者らは多くの哺乳動物群を調査し、その起源と進化とレトロウイルスの関わりについて調べた。ティエリー・ハイドマンらによると、調査した全ての哺乳類グループで、レトロウイルス由来の遺伝子が胎盤形成に関わっていることが確認された。つまり、「レトロウイルスの存在がなければ、胎盤哺乳類は存在しなかった」ということだ。

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要約公開日 2022.01.29
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