宅配業界におけるドライバーの過重労働の問題は、2016年11月にヤマト運輸が労働基準監督署から未払い残業代に関する是正勧告を受けていたことが発覚したのをきっかけに、広く話題になった。過去40年にわたって、世界最高水準の品質と安定性を維持してきた日本の宅配サービスが今、変革の時を迎えている。
こうした問題が起きたのは、単にヤマト運輸の「働き方」だけのせいではないし、顧客が再配達を頼みすぎるというモラルの部分の話でもない。問題はもっと根深いところにある。すなわち、宅配業界が時代の変化にともなう社会構造の変化に対応できていないのだ。今求められているのは、宅配というシステムそのものに対する、より抜本的な解決策である。最終の配達所から各家庭、各企業というラストワンマイルの改革が必要である。
再配達問題の本質は、ネットワークの崩壊にある。これまで、ヤマト運輸の宅配網は営業所や仕分け拠点をハブとし、そこから個人の家や企業への配達をおこなうというネットワークを築いてきた。
こうしたクモの巣状のネットワークは「スケールフリーネットワーク」と呼ばれる。スケールフリーネットワークは経路が最適化されている一方、ハブへのアクセスの集中に弱い。現在、ヤマト運輸の宅配網の先端部分では、現場の宅配ドライバーの努力だけでは処理できないレベルで、ネットワークへのアクセスが集中している。
こうした状態は、これまでとは異なる構造や経路を持つネットワークを再構築することでしか解決されないだろう。
既存の宅配システムが機能不全に陥った第一の要因は、世帯構造の変化にある。ヤマト運輸が「宅急便」サービスを開始した1976年から現在にかけて、家庭のあり方は劇的に変化した。日本の総人口に大きな変化がないにもかかわらず、世帯数が約70%も増加したのだ。これは単身世帯が増え、一世帯の人数が減ったためである。さらに、女性の就業率も上がっている。そのため、受取人が不在である確率が上がり、再配達の必要性が高まってしまった。
第二の要因は、スマートフォンの利用時間の増加である。スマートフォンの爆発的な普及により、人々はいつでもどこでもインターネットにアクセスできるようになった。従来はある程度まとまった「かたまり時間」が必要だった「買い物」という行為が、他の活動のあいまの「すきま時間」に行われる行為に変化したのだ。その結果、人々は少量多頻度のネットショッピングをおこなうようになり、ネットで購入された商品を配送する宅配ネットワークに、大きな負荷がかかるようになった。今後もこの負荷が減ることはないだろう。
第三の要因は、「時間価値」の変化だ。「時間価値」とは、費やした時間によって生み出される価値のことである。スマートフォンの普及や社会の情報化により、すきま時間の価値が増している。すきま時間でも十分に生産性を高めることが可能になったためだ。人々が時間に求める価値は、時間を短縮する「効率化」と、時間の質を高める「快適化」に二極化されている。その結果、「宅配便を受け取る」という時間の価値が下がり、宅配ドライバーが自宅を訪問するまでの待機時間を待てない人々が増えている。日本の宅配業界はおよそ2時間刻みで配達時間を指定できるという、世界にも類を見ない精度を持つが、人々はその最大2時間すら許容できなくなっている。
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